| この素晴らしい世界に祝福を! 11 大魔法使いの妹【電子特別版】 (角川スニーカー文庫) | |
| 暁 なつめ | |
| KADOKAWA / 角川書店 (2017) |
この素晴らしい世界に祝福を!11
大魔法使いの妹
【電子特別版】
暁 なつめ
角川スニーカー文庫
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その日。
ベルゼルグ王城内の和室にて。
「あはははははは! あははははははは! ねえカズマ、見なさいな! ほらほら、商店街のチラシでへんてこ悪魔の仮面作ったわよ!」
「ぶはははははは! なにこれすげえ、チラシ製とは思えない出来じゃねーか! お前はこういう事やらせるとほんと凄いな!」
無事アイリスを送り届けた俺達は、クレアの歓待を受けて全開で酔っぱらっていた。
「ふはははははは! 見通す悪魔が宣言しよう。なんじ、一人シラフで呆れた顔をしている力こぶ娘よ。アルコールは分解するのにたんぱく質を必要とするもの。今すぐお酒をたくさん飲めば、悩みのカチカチ筋肉が少しはやわこくなるであろう」
「ぶはははははは、似てるー!」
「う、うるさいぞ酔っ払いども! アクア、カチカチ筋肉呼ばわりはやめろ!」
作ったばかりのチラシ製の仮面を着けてバニルの物真似をするアクアに、ダクネスが顔を赤くする。
「いい加減私にもお酒を飲ませてくださいよ! もう結婚だってできる年なのに、なぜ私だけいつまでも子供扱いされるのですか!!」
一人酒を飲ませてもらえていないめぐみんが、そんなダクネスに向けて突っかかった。
「そ、そうは言ってもだなめぐみん、年齢ではなく体の個人差というヤツがあるだろう? めぐみんはその、人より発育が......」
俺は、口ごもって徐々に言葉尻が小さくなるダクネスに。
「あひゃひゃひゃひゃひゃ、うけるー!」
「ちっともうけませんよ! 何が面白いのですかこの酔っ払い男は、その手のお酒を私にください! ......あっ、何ですかこの手は、ほらとっととそれをあああああああああ!?」
俺の手から酒瓶を奪おうとするめぐみんに遠慮なくドレインタッチで抵抗すると、それを見ていたアクアがケラケラと笑い出す。
「あはははははは、あははははははは! うけるー!」
「うけません、うけませんよ! どうしてくれるんですか、カズマが魔力を吸ったせいで今日の爆裂魔法が撃てないじゃないですか! 後で魔力を返してもらいますからね!」
そんな俺達に激昂するめぐみんに、俺はへらへらと笑みを浮かべ。
「うけるー!」
「この男!」
とうとう摑みかかってきためぐみんをそのままに、俺は上機嫌のまま人でごった返す和室を見渡した。
「カズマさんカズマさん、今日はこの城のお酒全部飲んじゃいましょう!」
「よーし、バカスカ酒を飲みまくって、魔力を一切使わずにクリエイトウォーター使っちゃうぞー!」
「この男、最低です! 今最低な下ネタを言いました!」
「おい、誰か来てくれ! 手の空いている者はこの二人を部屋に連れ帰ってくれ!」
俺とアクアは、めぐみんやダクネスの声を聞きながら。
「ねえカズマ、今日はとっても楽しいわ! だってこんなにも私達の活躍が認められた事はなかったんだもの!」
「そうだな! 今までは俺達が活躍しても、なぜか借金背負わされたり理不尽な目に遭うか、ちょちょいと賞状と賞金渡されて終わりだったもんな!」
今日のこの日を思い切り楽しんだ。
1
その日、国中に激震が走った。
武装国家ベルゼルグ。
魔王軍と国境を隣接させるこの国の王女が、ドラゴンスレイヤーの称号を得て帰ってきたのだ。
──アイリスの護衛として隣国エルロードに出向いていた俺達は、そこで様々な事に巻き込まれた。
魔王軍に対抗するための支援要請に始まり、王子とのギャンブル勝負にドラゴン退治。
果ては、相手国の宰相に化けて潜入していたドッペルゲンガーの正体を見抜き、国家の危機を救った。
俺がやった事といえばイカサマギャンブルで王子をオモチャにしてやった事ぐらいだが、まあ結果としては新たな偉業を成し遂げたわけだ。
そして最大の懸案事項であった、アイリスとの婚約も破棄出来た。
これにより、無事めでたしめでたしとなったのだが......。
「よくやってくれたカズマ殿、私はあなたを誤解していた様だ! 今回の成果は私が予想していた以上のものだ!」
アイリスを連れて王城へと帰ってきた俺達が謁見の間にて報告を終えると、興奮した面持ちの白スーツ、クレアが目を輝かせて言ってきた。
俺以外の皆が珍しく空気を読んで後ろでかしこまって控える中、
「いや、全てはアイリスが頑張った事だ。俺がやった事なんて小さな事さ」
「なんと謙虚な......。私としては、最悪あの国からの支援を打ち切られたとしてもアイリス様の婚約が破棄されるのならそれで構わないと思っていたのですよ。それが、支援も得た上に婚約も破棄し、更には隣国エルロードの窮地を救い貸しまで作ってくるとは......!」
感動のあまり声を上擦らせたクレアは、結構な本音をぶちまける。
「クレア! 支援を打ち切られるのと私の婚約破棄、一体どちらが大事なの!? もし支援が受けられなかったら、魔王軍に対抗出来なくなりますよ!?」
「それはもちろんアイリス様の婚約破棄です。アイリス様さえご無事なら、国も魔王もどうでも痛い痛い痛い! アイリス様、旅から帰って来られてから何だか暴力的になっていませんか!?」
アイリスに抱き付かれたと思ったら、そのまま締めあげられ悲鳴を上げていたクレアは、締められたまま俺達四人に向き直る。
「何にしても、本当によくやってくれた。報酬は思いのままだ、好きな物を言ってほしい」
真面目な顔で告げるクレアは、未だギリギリと絞められ続け徐々に顔が赤くなってきたが、少しだけ幸せそうだ。
だが、報酬か。
思えばこいつもアイリスが大好きなだけの、言ってみれば俺の同志みたいなもの。
「報酬は既に決まってただろ?」
俺の言葉にクレアはキョトンとした表情を浮かべると、やがてエルロードに旅立つ前に、俺と交わした約束を思い出したらしい。
隣国の王子に婚約破棄をさせる代わりに、アイリスの子供の頃の話をしてほしい。
そんな、とても小さな約束だが......。
「そういえばそうだったなカズマ殿。......今日は私の奢りで、あなた達を讃える宴を開こう。そこで、約束の報酬を払うとしようか」
クレアは俺の意図を汲むと、
「今夜は朝まで寝かせないからな」
「「「えっ!?」」」
俺とアクアを除く皆の驚きの声を聞きながら微笑んだ──
「──なんだよこいつ、超酒弱え!」
歓待の宴が始まってからまだ十分ほどが経ったばかり。
にもかかわらず、わずかコップに半分ほどの酒を飲んだだけでクレアはフラフラになっていた。
今回の宴の会場は異世界から来た日本人の嗜好に合わせて造られた場所なのか、形が悪いながらも畳の様な物が敷かれ、和室の様相を呈している。
「うう、カズマ殿、も、申しわけない......」
早々にダウンしたクレアは、ブツブツと謝ると赤い顔で寄りかかってくる。
小さな女の子が好きなド変態とはいえ、クレアも見てくれは良い貴族令嬢。
胡坐をかいて座っているところに上半身を預けられるのは正直言って悪い気はしない。
なんだか、電車内で居眠り中の美人のお姉さんに寄りかかられている気分だ。
「お兄様とクレアは、いつの間にそんなに仲良くなったんですか?」
そんな俺達の姿を見て、ジュースを手にしたアイリスがちょっとだけ不機嫌そうな顔で近付いてくる。
「おっ、なんだアイリス妬いてんのか? 大丈夫だ、お兄ちゃんの好みのタイプは美人でスタイルのいいお姉さんだからな。だから......」
「............」
あれ、クレアって外見だけなら結構好みのタイプだな。
無言のままジト目になったアイリスに俺は思わず言葉に詰まる。
やがてアイリスは、俺とクレアの間に割り込む様にして座り込むと、酔い潰れたクレアを寝かせて膝上に載せた。
クレアのヤツ、後で酔い潰れてた事をきっと後悔するだろうな。
赤い顔でぐったりするクレアの頭を撫でながら、アイリスはこちらに顔を向ける事なく。
「お兄様は、この宴が終わったらどうするのですか? もうアクセルの街に帰ってしまうのですか?」
独り言を呟く様に、俺の意志を確かめる様に。
「うーん、そうだなあ。ここんとこ邪神退治に行ったりアイリスの護衛をしたりで旅してばかりだったしな。たまにはゆっくり休もうかと思ってるよ」
たまにはも何も、俺の場合冒険する事こそがたまになのだが。
「......ゆっくりするだけなら、ここでもできるのではないですか? お部屋はたくさん空いてますし、急いで帰る必要もないのでは?」
やはりこちらを向く事はなく、クレアの様子を見るかの様に俯いたまま、いつになくハッキリとした意思表示をしてくるアイリス。
昔はクレアの陰に隠れたり、自分から話す事もなく、お供を通じて言葉を交わす大人しい印象の子だったアイリス。
それが一体誰に影響を受けたのか、今ではたまにやんちゃな事もする年相応の子になった。
昔のおどおどして常に周囲に気を遣っていたアイリスも愛らしいが、個人的には今の自然体な姿の方が好ましいと思う。
「まあ、アイリスがそう言うのなら、もうちょっとここに滞在してもいいんだけどな」
俺は以前この城に盗賊として侵入した際、多くの兵士達と渡り合っている。
顔は隠し、声もそれなりに変えてはいたものの、体格や立ち振る舞いでいつ正体がバレるとも限らない。
アイリスが俺を慕ってくれる気持ちは嬉しいのだが、やはり危険な橋は......、
「できれば......」
と、俺が思案に耽っていたその時。
アイリスが俯いたまま、寂しそうにポツリと言った。
「できれば、皆と一緒に暮らしたいなぁ......」
俺達は再び城に残る事にした。
2
「おはよう、ドラゴンスレイヤー」
「お兄様、ドラゴンスレイヤーはやめてください......。城の皆もその称号で私を呼ぶのですが、やめさせたいのです......」
頰を赤くしたアイリスは、そう言うと恥ずかしそうに顔を伏せた。
クレアからの歓待を受けた俺達は、現在王城に部屋を借り居候になっている。
そう。
俺が願ってやまなかった、アイリスとの優雅な日々が戻ってきたのだ。
「そうは言うがなアイリス。ドラゴンスレイヤーは誰にでもなれるもんじゃないらしいじゃないか。国を挙げてのお祭りまでやるんだろ? クレアが鼻息を荒くして興奮してたぞ、私はアイリス様はいつか大きな事を成し遂げる方だと思っていた、って」
「クレアの事は気にしないでください、ここ最近、ドラゴンを退治した際の武勇伝を何度も聞きにくるんです」
ちなみにクレアは俺のところにも毎日来ている。
アイリスは黄金竜と呼ばれるドラゴンを一撃の下に葬り去ったので、語る事と言っても『アイリスがなんか凄い技を放ったら死んだ』としか説明しようがないのだが、たったそれだけを聞くためにわざわざ寝る前にやってくるのだ。
クレアは、最初の方こそアイリス様を危険な目に遭わせるとは何事だと、ドラゴンと戦った事をブツブツ言っていたものだが、今ではもうアイリスの武勇伝にメロメロだ。
それが功を奏したのか、俺達が城に滞在して自堕落な日々を送っていても今のところは何も言わない。
それどころか、アイリスの婚約破棄をさせた事をいたく褒められ、たまに遅くまでアイリスの子供の頃の話をネタに、一緒に酒を飲むまでの間柄になっていた。
「それじゃあお兄ちゃんは今から顔を洗って着替えてくるから、アイリスは中庭で待っていてくれ。メイドさんにツナマヨおにぎりを作ってもらって一緒に食べよう」
「はいっ! 私ツナマヨ大好きです!」
アイリスは先日の旅の道中で食べたジャンクフードが気に入ったのか、メイドさん達に俺達が食わせた料理の事を事細かに話したらしい。
最初はメイドさん達から、こいつら王女様になんて物食わせたんだとばかりの冷えきった眼を向けられたが、ニコニコしながらツナマヨを食べるアイリスの姿に何も言えなくなった様だ。
きっと、王宮の高級料理を食べ飽きていたところに、皆で楽しく食べた料理がよほど新鮮だったのだろう。
「それではお兄様、また後で!」
アイリスはそう言って、弁当を作ってもらうためにいそいそと駆けて行った──
──そんなこんなで、俺が王城に住み着き三日が経った。
俺はめぐみんの日課に付き合うべく、王都の外にやってきたのだが。
「......別にあなたまで私の日課に付いてくる必要はないのですよ? というか、一国の王女様が危険な街の外に出てはダメでしょうに」
「ドラゴンスレイヤーの称号を得たら、多少の外出は許してもらえる様になりましたから大丈夫です。それに王都の周りは強いモンスターが生息しているので、お兄様が心配なんです」
最近はめぐみんの日課にアイリスも付いてくる様になった。
エルロードへの旅から帰ってからというもの、妙に仲の良いこの二人。
たまにアイリスの口から飛び出すお頭様という単語が気になるが、おそらく今のところ俺への好感度が最も高いのがこの二人だと思っている。
今もこうしてアイリスがめぐみんの日課に付いてくるのは、俺達を二人きりにしたくないからではなかろうか。
この二人に関しては、自惚れではなく俺がもっと押せばいけそうな気がする。
......いや、さすがの俺もめぐみんはともかくアイリスを異性として見るほどロリコンではないが。
だが将来的には、大人っぽく成長したアイリスが、お兄ちゃんのお嫁さんになるとかそんな流れになる可能性は高い。
というか、このまま王都に居座ってアイリスに寄ってくる男を追い散らすのだ。
そうすれば憧れのお兄ちゃんから、やがては気になる身近な異性に、そして最終的には......。
「カズマ、着きましたよ? ここが私のお気に入りの爆裂スポットです。あの岩場の陰にモンスターが溜まりやすく、いい感じに直撃すると経験値が加算されている事があるのですよ」
いつの間にか足を止めていためぐみんが、思案に耽っていた俺の顔を覗き込む。
おっと、いけないいけない。
「それじゃあさっさと済まして帰るとするか。......ところで二人に聞きたいんだが、俺の事をどう思う?」
できるだけ不自然にならない程度に、そして極力イケメンに見える様、目力を込めながら二人に尋ねる。
「なんなんですかいきなり。どう思うとはどういう意味でしょう? 最近は暇を持て余しているのか特に奇行が目立ちますね。アクアと二人で城の中庭に出向き、勝手に剪定するのは止めた方がいいですよ? アクアが剪定したものは素晴らしく高評価らしいですが、カズマが犬の形に剪定したやつは評判悪いですよ?」
あれは熊の形に剪定したつもりだったのだが。
と、めぐみんだけでなくアイリスまでもが、
「お兄様、いくら暇だからといっても城の訓練場に行って、勝手に兵士へ指導するのは止めていただきたいのですが......。お兄様が凄く強いのなら有り難いのですが、兵達の間では『結構負けるクセに教えたがりな変な客人』と呼ばれていて......」
「最近の俺の行動はほっといてくれ、やる事なくて暇なんだよ! そうじゃなくて、その、ほれ。俺の事を好きとか嫌いとか、あるだろう色々と。どっちかと言えば、程度でいいからさ、聞きたいんだよ二人の口から」
もはや自然な感じもへったくれもなくなってしまったが、俺の言葉に二人は顔を見合わせると、
「まあ何度も言ってますがカズマの事は好きですよ。いきなりどうしたのですか?」
「わ、私もお兄様の事は、その......す、す......」
「オーケー分かった、お兄ちゃんが悪かった。アイリス、よく頑張った、俺はそれで十分だ。そしてめぐみんも、改めて気持ちが確認出来て嬉しいよ」
大人の余裕を見せながら二人をどうどうとばかりに宥める俺に、
「なんなのでしょうか、今日のカズマはどこかおかしいですよ? いえ、いつもおかしいのですが今日は一際発言がおかしいと言いますか」
「というかお兄様がその、ちょっとだけ気持ち悪いです......」
「アイリス、シーッ! それは思っていても口にしてはいけませんよ!」
ちょっと予定と違って心に軽くダメージを負ったが、まあ概ね予想通りだ。
このまま大きくなっていったら、この二人はどうなるのだろう。
俺を取り合ったりするのかなあ。
「二人とも、俺は心が広い男だからな。どっちかを仲間外れになんてしないから安心してくれ」
「アイリス、何だか知りませんがイラッときます。今日は日課をこなす前にこの男をしばきましょう」
「お兄様、今日は本当に気持ち悪いです。悪い物でも食べたんですか?」
ちょっと酷い言われようだが、今回大活躍を果たした俺の新しい城住み生活は、こんな感じで概ね平和に続いていた──
城住みニートの朝は早い。
「ハイデル! ハイデール!」
なぜならば、常に執事やメイドに傅かれ豊かな暮らしが約束されている今、一分一秒ですらゆっくり寝ているのが惜しいからだ。
「お呼びでしょうかサトウ様。目覚めのコーヒーでしょうか? それともベッドの上で朝食でしょうか? 本日の朝食はサトウ様ご希望の、フォアグラ入りミソスープを用意しました」
以前俺専属の執事として仕えてくれたハイデルが、早速気の利いた事を言ってくる。
「朝食はベッドの上で。その前にまずはコーヒーを頼む。そして......」
「メイドのメアリーを、スカートの丈を通常より短くさせてここに呼ぶのですね?」
俺の思考を先読みしたハイデルに、思わず感嘆の声が出そうになる。
これが王家に仕えるエリート執事の実力か。
「さすがはハイデルだ、俺の嗜好を覚えていてくれて嬉しいよ」
「こちらこそ、今回はわたくしの名前を憶えていてくださり嬉しい限りです。サトウ様がメアリーにお仕置きしやすいよう、倒れそうな位置に花瓶を配置し直しましょう」
本当に、なんてできる男なんだ。
俺は満足気に頷くと、早速ハイデルが淹れてくれたコーヒーを優雅に啜り、新聞を広げて目を通す。
城住みとなった今の俺は、紛う事なきセレブである。
「今年は雪精が多く冬が厳しくなる模様、冒険者ギルドが雪精討伐の報酬値上げ、か。......ハイデル、きっと来年は農作物の収穫に影響が出る。俺の口座から幾らか引き出して先物を買っておいてくれ」
「かしこまりましたサトウ様。農作物の銘柄はいかがなさいますか?」
銘柄?
「......えっと、なんか影響が出そうなやつ。ほらあれだ、寒くなると収穫が減りそうなの」
「かしこまりました。それではわたくしが適当に見繕っておきましょう」
さすがハイデル、主に恥をかかせないできる男だ。
「では、そっちはそれで頼むよ。ところで今日のスケジュールはどうなっている?」
気を取り直して俺が再びコーヒーを啜ると、ハイデルが手帳を取り出した。
「本日の午前中のご予定は、まずはアクア様と宝物庫にある物品を鑑賞しなんとか鑑定団ごっこを。続いて、城の中庭でアクア様が宴会芸にて天の岩戸作戦を決行。勉学に励むアイリス様を邪魔......お誘いします」
手帳のページをめくりながら、ハイデルは無表情で淡々と。
「午後からはめぐみん様と共に王都の外で爆裂魔法の実験を。その後はダスティネス様と共に王都の防具屋を視察となっております」
俺はカップをベッドの脇にある机に置くと、やれやれと小さく首を振る。
「まったく、今日も忙しい事だな。夜の予定はどうなっている?」
「夜の予定はございません。ただ、ダスティネス様が晩餐会に誘われておりますが、どうなさいますか?」
この男は一体どこまでできる執事なのだろう。
「もちろん勝手に晩餐会に参加して、ダクネスがナンパされるのを邪魔するに決まっている」
「かしこまりました。では、その様に手配いたします」
ハイデルは恭しく頭を下げると、朝食を運ぶべく下がっていった──
「──おはようございますサトウ様。本日の朝食はサトウ様の希望にあった、トリュフをふんだんに使ったミソスープをご用意しました。お味の方はいかがでしょうか?」
「味噌の味がする」
「左様ですか。食後のコーヒーを淹れますので、それまでミソスープをご堪能ください」
この城に住み着いて一週間が経った。
今ではセレブ生活にも慣れ、多忙だが充実した日々を送っている。
「ハイデル、今日のスケジュールは?」
「本日のご予定は、午前中はめぐみん様と共に、サトウ様とめぐみん様の特集記事を書くよう王都の新聞社に抗議に。その後、アクア様からアクシズ教団の広報活動のお誘いが。午後からはアイリス様、ダスティネス様と共に王都近辺のモンスター討伐へと誘われております。そして夜は、めぐみん様主催による夜空の爆裂魔法鑑賞会となっております」
食後のコーヒーを淹れてくれながら淀みなく答えるハイデルに、俺はそれを啜って首を振る。
「午後からのモンスター狩りはキャンセルだ。アイリスには明日から本気出すと伝えておいてくれ。その分めぐみんの爆裂魔法鑑賞会を繰り上げてもらおう。どうせ夜になればダクネスがパーティーに誘われるだろうから、そっちに行かないと」
「かしこまりました、ではそのように。ちなみに、ダスティネス様からはもう勝手にパーティーに来るのは止めてくれとの伝言をいただいておりますが......」
この人はできる男ではあるが、女心に関してはいまいち鈍感系らしい。
俺はチッチと人差し指を振り。
「分かってないなハイデル、あれはツンデレってやつさ。嫌いは好きの裏返し。つまり来るなは来てという事だ」
「なるほど、わたくしはまだまだ未熟だった様です。このハイデル感服いたしました。では手ぶらで参加というのも何ですので、ダスティネス様へのサプライズとしまして、パーティー向けに大きなケーキでも手配いたしましょうか」
早速巻き返しを図るとはさすがはハイデル、俺の方こそ感服してしまう。
「そうだな、そうしてくれ。......いや、それだけじゃ面白くないな。こうしよう、俺が中に入れるくらいのデカいケーキを作ってくれ。それをパーティー会場に匿名で送るんだ。一体誰からだろうと不思議に思っているところで、ケーキがパカンと割れて俺登場。どうだ?」
「さすがはサトウ様、参加者の皆様の驚く姿が目に浮かぶようです。では、その様に手配いたします」
ハイデルはそう言って、恭しく頭を下げると出て行った。
──俺がセレブと化して二週間が経った。
今ではすっかりこの城の顔となった俺だが、最近は不満な事が一つある。
「おはようございますサトウ様。本日の朝食はサトウ様ご希望のキャビア入りミソスープです」
ハイデルはそう言いながら、朝食が置かれた配膳台をベッドの隣に運んでくる。
「ハイデル、いつもよく尽くしてくれてありがとう。とても感謝してるよ。......だけど、今の暮らしに一つだけ不満があるんだ」
俺の言葉を聞いたハイデルは、ハッとした表情になり頭を下げた。
「申しわけありませんサトウ様。実はこのハイデル、既にサトウ様のご不満には気付いておりました」
さすがはできる男ハイデルだ。
俺の不満まで見抜いていたのか。
「毎日出されるミソスープにご不満という事ですね?」
「違うよ、全然違う! まあ言われてみればこの味噌汁もおかしいんだけどさ! 俺は毎日高級食材を使った料理を出してくれって頼んだのに、何で味噌汁の中に入れちゃうんだよ! キャビア入り味噌汁とか、これもうただのしょっぱい味噌汁じゃねーか!」
俺はハイデルの目を真っ直ぐ見つめ。
「なあ。俺って最近厄介者扱いされてない?」
ここ最近思っていた事を打ち明けた。
「........................そのような事はないかと思われます」
「今の間は何だよ、即答しないのかよ! おい目を逸らすなよ、どういう事だ!」
最初は、今回のアイリスとの事はよくやってくれたとばかりに、出会う城の人達みんなから感謝の言葉をかけられた。
だが、二週間が経った今では、こいつ一体いつまでいる気だという視線を向けてくる。
俺の問いかけにハイデルは、言い難そうにしながらも。
「サトウ様は何か心当たりはございませんか?」
「心当たりって言われてもなあ。ダクネスが呼ばれたパーティーでケーキの中に入ってた事か? あれは結局、差出人不明のケーキなんて怖くて口にできるかって言われて、中に入った俺ごと返品されたからノーカンだろ。......あと思い当たる事といったら、アイリスが」
俺がそこまで言い掛けたその時、部屋のドアがノックされ、馴染みのメイド、メアリーが入ってきた。
「失礼します。サトウ様をダスティネス様がお呼びになっておられます。至急、応接間の方にお越しください──」
3
「帰るぞ」
「断る」
俺が呼び出された応接間。
そこでは、帰りたくないと言いながらえぐえぐと泣くアクアと、呆れ顔のめぐみん、そして荷物を持って帰り支度を終えたダクネスが待っていた。
ダクネスに呼ばれた時点で何を言われるのか予想していた俺は、ダクネスの端的な要求に即答する。
ダクネスも俺の答えが分かっていたのか、深いため息を吐き出した。
「なあカズマ、ここ二週間ほどの城の暮らしは楽しかっただろう? 十分に歓待を受けただろう? 当初はお前に抱いていた城の者達の感謝の心も、今ではかなり薄れてきている。当たり前だ、毎日これだけ好き勝手にやっているのだからな。せっかく上がったお前の評判をこんな事で下げてもいいのか?」
ダクネスはそう言いながら、俺に何枚かの手紙を渡してきた。
既に封は切られている事から中身を読めという事だろう。
「......『サトウカズマ様へ。ぼくは大きくなったら、魔剣の勇者様やジャティス王子様ではなく、サトウ様のようになりたいです。お母さんが、サトウ様は最弱職なのに、悪いやつらをたくさんやっつけた凄いお人だって言ってました。ぼくもサトウ様みたいになりたいです』......?」
それはいわゆるファンレターというヤツだった。
他の手紙もあらためる。
「『サトウ様へ。お父さんが新聞を読んでくれました。そこには、サトウ様のおかげでアイリス様が助かったと書いてありました。わたしの大好きなアイリス様を助けてくれて、どうもありがとう。大きくなったらサトウ様のお嫁さんにしてください』」
幼い子供が書いたのだろう。
拙い字で書かれた手紙には、アイリスと思われる少女の似顔絵が描かれている。
俺は次々と手紙に目を通すと、最後の一枚を手に取った。
「『サトウ様へ。サトウ様はとっても弱いと聞きました。お父さんもお母さんもそう言ってました。でも、とっても弱いのに魔王の幹部を一番多くやっつける、不思議な人だとも言ってました。わたしは難しい事はよく分からないけど、サトウ様は弱いのにたくさん頑張ったんだから、もうゆっくり休めばいいと思います。どうか、お体に気をつけて長生きしてください。アイリス様を助けてくれてありがとうございました!』」
それらの手紙を読み終わった俺は、胸にじんわりとした何かが広がるのを感じ取る。
そんな俺の顔を見て、ダクネスがいたずら顔を浮かべクスリと笑った。
「......どうだ? その子供の言う通り、ここでゆっくり休むか? ほら、アクアもいつまでも駄々を捏ねていないでこれを読め」
ダクネスはそう言うと、俺から受け取った手紙をアクアに渡し。
「いい面構えになったな、それでこそ私が見込んだ男だ。アクセルに帰ったら私だけでもお前をチヤホヤしてやるから我慢しろ」
勝ち誇ったように、それでいてどこか嬉しそうに言ってきた。
「......色仕掛けや脅ししか出来なかったお前が成長したなぁ。そんな風に言われたらここに残るなんて言えないじゃないか。俺はワガママだからな。家に帰ったらたっぷりチヤホヤしろよ」
「ああ、任せろ! なんなら背中ぐらいは流してやるぞ?」
......と、そう言って笑い合う俺とダクネスに。
「おい、さっきから人前でイチャコラしてるが、ここがどこだか思い出そうじゃないか。そういう事は家に帰ってやればいいと思います」
「別にイチャコラなどしていない! ほ、ほら、隣国に行った際にカズマには言ったのだが、今まで助けてもらった礼がまだだというか......。貴族としての......あの......」
段々体を縮こまらせて徐々に声を小さくするダクネスの肩を、めぐみんが目を紅く光らせて揺さぶった。
「私より年上なクセに相変わらず煮え切らない娘ですね! というかダクネスはいい加減ハッキリすべきです、今さら背中を流すってなんなんですか。もう夜這い未遂までいったのですから、私の様に堂々と言うべき事を言えばいいのに! そうしたら私が全力で叩き潰してあげますから!」
「叩き潰されるのか!? 私はめぐみんの様な感情は......。それにほら、貴族としての立場もあるし、しかるべき筋の貴族から婿を取らないと家がなくなるし......」
ガクガクと揺らされながらも身を小さくし、両手の指をもにょつかせるダクネスを見ていよいよめぐみんが激昂する。
「ちょっと前までは断固として見合いを断っていたクセに、今さら家を言いわけに使うとは見苦しいですよ! カズマもなんとか言ってやってくだ......。カズマ? さっきから何をニマニマしているのですか」
そんな二人を見守る俺は、もはやどこに出しても恥ずかしくないハーレム系主人公だろう。
つい先日だって、めぐみんやアイリスに俺をどう思うか尋ね、そこそこ良い回答をもらっている。
俺は鈍感系じゃない。
何だかんだと言いわけし素直じゃないダクネスが、俺に淡い恋心を抱いている事は敏感に察知している。
それを知った上で、二人からカズマは私のものなんだからと取り合いされたい。
いや、成長したアイリスも含めれば三人か。
モテる男というのはいつもこんな気持ちだったんだなあ。
そしてリア充達が、恋愛はお互いが意識し合い、付き合う直前ぐらいの状態が一番甘酸っぱくて楽しいと言っていた意味も理解できた。
だって俺がどっちかと付き合っちゃったら、もう二人のこんな姿は拝めないからな。
普通ならここで止めたり宥めるのだろうが......。
「なんか後一時間ぐらいこのまま二人を見ていたい」
「この男は!」
と、めぐみんがターゲットをダクネスから俺に変え、摑みかかってきたその時だった。
「決めたわ。ねえカズマ、私は決めたわよ!」
それまでファンレターを読んでいたアクアが突然立ち上がり、宣言する。
「私達の当初の目的を思い出して? そう、私達の望みは悪しき魔王を倒す事。そして世界に平和をもたらす事なの! この子達の手紙で本来やるべきはずの事を思い出したわ! さあカズマ、アクセルに帰ってレベル上げよ! 弱っちいあんたを勇者として導くのは女神である私の使命! 今こそ水の女神として、この子達に未来を与えてあげるの!」
いきなりどうしたんだと一瞬思うも、そういえばコイツは昔から何にでも影響されやすいヤツだった。
だがまあ、その気持ちは今ならちょっとだけ分かる。
「分かったよアクア。アクセルの街に帰って、基本に立ち返って冒険者らしくクエストから始めよう。そして、勘を取り戻したら魔王のやつらに目に物見せてやろうぜ。俺達の活躍をちゃんと見てくれている人がいる。応援してくれている子供達がいる。なら、やるだけやってみようか!」
そう、原点回帰だ。
ここのところずっとバタバタしてたが、基本に戻って冒険者になった日の事を思い出すのだ。
異世界にやってきた事を喜び、ここでならちゃんとやり直せると誓ったあの日の事を。
「さすがねカズマ、最近ロリマさんと呼ばれているだけはあるわね!」
「おい、誰だよそんなあだ名付けたヤツは! クズマでもカスマでもいいけどそれは止めろよ!」
4
その日、ダクネス達は一足先に街に帰った。
本来なら俺も一緒に帰る予定だったのだが、アイリスの寂しそうな顔に折れてしまった。
あと、一日だけ。
英雄として祭り上げられここのところずっと忙しかったアイリスが、今夜一晩だけ二人きりで話したいと訴えてきたのだ。
その真っ直ぐな想いに、さすがのダクネスやめぐみんも苦笑しながらそれを認め。
そして......。
「お兄様が部屋に来るのは久しぶりですね。遠慮せずにこちらへどうぞ。今、クレアにもらったお菓子を出しますから」
晩飯を食べ終えた俺は、アイリスの部屋へとやってきていた。
ちょっとしたパーティーでも開けそうなほど広い部屋をキョロキョロと見回していると、何かに気付いたアイリスが、ベッド脇の机に置かれた物を枕の下へサッと隠す。
「おっ、どうしたんだよコソコソして。ははーん、エロ本でも隠したのか? まあアイリスもお年頃だしな。でもそんな物を無造作に置いとくと、メイドさんに捨てられちゃうからな」
「違います、そんな物は持っていません! これです、隠したのはこの指輪です!」
慌ててアイリスが枕の下から取り出したのは、アイリスとエルロードに行った時、俺がお土産として渡した安物の指輪だった。
「これを付けていると、その様な安物の指輪は王族に相応しくありませんと言ってクレアが取り上げようとするんです。なので、これは眠る時だけ付けているんですが......」
そう言って恥ずかしそうに見上げてくるアイリスを見て、やっぱこのまま城に残ろうかなと一瞬思うも、俺は惑わされるなと自分を叱る。
一日だけという約束で皆を先に帰らせて俺一人で残ったのだ。
ここでやっぱ城に残るわとか言い出せば、あの三人でもさすがに切れる。
俺は破壊力のある上目遣いを極力直視しない様、アイリスが両手で大事そうに包み込んでいる指輪に目をやった。
「やっぱもっと高いヤツにしとけば良かったなあ。金が無かったわけじゃないんだけど、店にそれしか売ってなかったんだよ。ごめんな、高級品だったならそんな事も言われなかったのに」
「いいえ、私はこれが気に入ってますから。高価な指輪は大きな宝石が付いていてゴテゴテしてますが、これは石が小さくてとっても可愛いんです」
そう言って、本当に嬉しそうに指輪をはめて眺めるアイリス。
ダメだ、一々アイリスの言動に心が揺り動かされてしまう。
佐藤和真しっかりしろ、この子は妹、俺の妹。
第一俺はロリコンではない、成長して大人になったならやぶさかではないが、アイリスはまだ恋愛対象としては範囲外なのだ。
それに、俺にはここ最近何かと良い感じになっためぐみんがいるだろう。
俺はこんなにも流されやすく浮気性な人間だったのかと、改めて自分が信じられなくなる。
「ま、まあ喜んでくれてるなら嬉しいよ。それより、今日は何をするんだ? 例のボードゲームでもやるか? ......いや待て、そういえばエルロードでカードゲームを買ったんだよ。アイリスに俺のサブデッキを貸してやるからそれで遊ぼうぜ」
俺はそう言ってカードゲームを取りに行こうとするが、アイリスが服の裾をそっと摑み。
「待ってください、今夜はゲームはやめましょう。それよりせっかくの二人きりなんですからお兄様の話が聞きたいです」
そう言って、はにかんだ。
「──そこで俺は言ってやったんだ。『平日のこんな時間に同じゲームをやってる以上、俺とお前は敵じゃない。なあ、俺達のギルドに来いよ。あんたの真の仲間はそこに居るから......』ってな。こうして、最強の廃人と名高かったその男は俺達のギルドに移籍し、俺達は名実共に最大手のギルドになった。その後は......まあ、色々あってその時のギルドは崩壊しちゃったんだが、それはまた次の機会にな」
「待ってください、お兄様は明日帰ってしまうのですから、次の機会はいつになるのか分かりません! せめて何があったのかを冒頭だけでも!」
俺とアイリスはベッドに腰掛け、思い出話に耽っていた。
とはいっても、話すのは主に俺の事ばかりだ。
城暮らしのアイリスは刺激的な思い出が少ないらしく、やたらと俺の昔話を聞きたがっていた。
「しょうがないな、冒頭だけだぞ? ......ある日、俺達のギルドに新人が入ってきたんだ。そいつの名は《闇†天使》。たった一人の新人の女の子の加入が、ギルド崩壊の引き金になったのさ」
「待ってください、そんな面白そうな冒頭を話しておいて、後はお預けだなんて酷いです! その女の方が何をしたのですか!? 教えてくれないと気になって眠れないです!」
この話は結構黒歴史に近いのだが、なぜかアイリスは尋常ではない興味を示す。
「何が起こったのかはあんまり詳しく言いたくないんだが......。とりあえず一つだけ。『姫』とだけ言っておこうか」
「姫、ですか? ......ハッ!? まさか、そのお姫様とギルドの方が恋仲になった、とか......?」
日本のネットゲームでいう姫プレイと呼ばれる話なのに、アイリスはやけに理解が早い。
俺がぼかして言ったにもかかわらず本質を見抜いた様だ。
「よく分かったな。そう、その姫のおかげで大変な事になったのさ」
「なるほど、身分の差というものがありますからね......」
と、俺は一人納得顔のアイリスが、手に何かを握っているのに気が付いた。
その視線に気が付いたのか、アイリスは握っていたそれを恥ずかしそうに差し出して。
「あの、これをどうぞ。これはお頭様......めぐみんさんに教わったんです。紅魔族に伝わるお守りだ、と。お兄様はよく色んな事に巻き込まれるので、作ってみたのですが......」
それはいつぞやめぐみんから貰った覚えのある、紅魔族に伝わるお守りだった。
確か、お守りの中に強い魔力を持った紅魔族の髪を入れておくとか、そんなヤツだ。
「ありがとうな。俺もいい加減平穏な人生送りたいんだけどさ、どうにも厄介事の方が付いて回ってくるというか、そもそも問題が起こると、大体は俺の仲間が原因というか」
貰ったお守りをポケットにしまい込むと、アイリスは嬉しそうに、
「お兄様が帰ってしまうと、もう私は冒険にも行けませんから......。せめて、お守りだけでも一緒に連れて行ってください」
そして、ほんの少しだけ寂しげに笑いかけてきた。
「──さて。いつの間にかすっかり話し込んじゃったけど、もう大分遅いし俺もそろそろ部屋に戻るよ」
お守りを貰った照れくささとしんみりしたムードを吹き飛ばそうと、あれからしばらくわけの分からない話を続けていたのだが、いつの間にか時刻は深夜を回っている。
これ以上ここに留まると、そろそろクレアが怒鳴り込んで来そうだ。
俺は腰掛けていたベッドから立ち上がろうと......。
「......嫌です」
して、アイリスにギュッと服の裾を摑まれ阻止された。
「い、嫌ですって言われても。大丈夫だってまた来るから。クレアに怒られたって門番に止められたって、俺にはダクネスから預かったこのペンダントがあるからな。クレアのやつにはあいつの紋章を取り上げられたけど、ダスティネス印のこの紋章さえあればいつでも自由に城に入れる。だから......」
「嫌です。たまに遊びに来るだけじゃ足りません。さっきは私の代わりにお守りだけでもって言いましたが、代わりなんかじゃなく、やっぱり私も行きたいです。また、お兄様と皆と一緒に旅をしたり冒険したり、色んな体験をしてみたいです!」
子供みたいに感情を爆発させたアイリスは、
「もっと私に色んな事を教えてください! このお城で過ごした十二年より、お兄様と一緒に旅した、たったあれだけの時間の方が、凄く充実していて楽しかったんです。私を置いて行かないでください。また、一緒に......」
そこまで一気に捲し立て、自分が何を口走ったのかに気付き口を押さえた。
シュンと俯いて身を縮こまらせたアイリスは、ドラゴンスレイヤーなんて大層な称号を得た人物だとは思えないほどに小さく。
「ごめんなさい、またワガママを言ってしまいました......。お兄様と一緒にいるとついつい甘えてしまいます。私は一国の王女で、民を守る義務があるのに」
王族として育てられてきた少女は、おそらくは、ずっと自らを律する様言われてきたのだろう。
当たり前だ、王女を叱れる人間などほとんどいない。
せいぜいがクレアかダクネスぐらいのものだが、その二人にしても片方は過保護な護衛、もう片方はアクセルの街を拠点としているのだ。
「アイリス、お前はまだ12歳なんだからもっと甘えていいんだぞ。以前言わなかったか? 王族なんだから、周りの人間にもっとワガママだって言っていいんだ。俺のここ最近のワガママ放題な暮らしを知らないのかよ。もっと俺を見習って人生楽しく生きてみろよ」
俺よりも遥かに強く、それでいて我慢強い王女様は、
「お兄様、そんなに私を甘やかさないでください。これ以上一緒にいると、もっとここに残って欲しいとワガママを言ってしまいそうです」
ほんの少しだけ目の端に涙を溜めて、微笑んだ。
......マズい、なんだこれ。
この流れはマズい気がする、俺はこの先に耐えられないと思う。
「お兄様が魔王を倒すその日まで、私は誰にも甘えませんし、ワガママも言いません。だから......」
ああ、ヤバい。
何がヤバいってこんな子供に心を動かされそうになっている俺がヤバい。
「だから、せめて今夜だけ。ほんの少しだけ甘えさせてください」
そう言ってキュッとしがみついてきたアイリスもヤバい。
そして、その気になれば法を変え、この年齢差でも合法に出来てしまう王族がヤバい。
違う、そうじゃない!
アイリスは妹だろ、それに俺はロリコンじゃない!
このままでは本気で言いわけ出来なくなる。
この世界では合法だとはいえ、日本人の常識からすればめぐみんですらアウトなのだ。
そんな内心の葛藤をよそに、アイリスは小さな体で遠慮がちにくっついてくる。
親も留守が多いと聞く、きっと甘え方も知らないのだろう。
自分の力が常人より強い事も理解してるため、おそるおそるといった感じで少しずつ、しがみつく手に力が込もり......!
「おお、俺なら今夜だけと言わずいつまででも甘えていいけど」
また緊張のあまり変な事を口走った、しくじった!
それに俺の帰りを待っているあいつらをどうするんだ、ここでコロンとアイリスに絆されてどうする。
ここ最近、めぐみんとあれだけ良い感じになっておきながらやっぱ帰らないとか、さすがにそれはマズいだろう。
それに、
「お兄様。......いいえ」
それに佐藤和真、よく考えろ。
お前はアクセルに帰るんだろう。
子供達からのあの手紙を思い出せ、あれはほんの数時間前の話だぞ。
そうだ、魔王だ。
俺はアイリスのためにも魔王を倒す。
そう、子供達のため、アイリスのため。
そして、それがこの世界の......!
「お兄ちゃん」
........................。
「大好き......!」
俺はやっぱり、ここに残る事にした。
5
アクア達がアクセルに帰って一週間が経つ。
ここに残ると決めた俺はアクア達に手紙を送った。
やっぱアクセルには帰らない事。
ずっと城で暮らすから、もう残っている荷物や部屋に残してある幾ばくかの財産、屋敷なども好きにしてくれて良い事。
最弱職である俺がいなくとも、お前達ならきっと魔王を倒せると、陰ながら祈っている事。
それらを送ったその日の内に、ダクネスから返事がきた。
バカな冗談を言うんじゃないと、文面から苦笑している事が感じられる内容だ。
寂しがるアイリスを放っておけず、滞在をもう一日だけ延長したとでも思っているのだろう。
そんな文面はとても優し気で、アイリス様を泣かせない様に、それでもできるだけ早く帰って来いと締め括られていた。
──それから三日後。
届けられた手紙の文面がちょっとだけマジになっていた。
──それから二日が経った頃、キレ気味の手紙が届き。
そして今。
俺が寝泊まりしている部屋のドアが、コンコンと叩かれた。
「カズマ殿、ちょっと話をさせてもらってもいいだろうか?」
声の主はクレアだった。
俺が紅茶を淹れてくれていたハイデルに頷くと、すぐさまドアを開けた。
「どうしたクレア。なんか用か?」
「なんか用? なんか用とはまた随分な言葉だなカズマ殿、もう私が言いたい事は分かっているのだろう?」
クレアは何かに耐える様に、それでいて、大恩のある俺に対し言葉を選びながら。
「城の者のあなたに対する評判は知ってるな?」
「それはもちろん知っている。随分と心無い中傷が飛び交っているそうだが大丈夫、俺のメンタルはこのぐらいで折れはしない。お盆や大晦日に集まるいとこの皮肉にも、親戚のおじさんの説教にも耐え抜きニートをまっとうし続けた男だからな」
それを聞いたクレアはグッと何かをこらえる様に、
「そうか、それは何よりだ。そんな強い精神を持ち、この国に多大な貢献をしてくれた貴殿に頼みがある」
「何だろう。俺に、何かできる事が?」
コイツは何だかんだ言って悪いヤツではないのだ。
俺とクレアはアイリスを愛でる同志でもある。
できる事があるなら手伝いたい。
「ありますとも、あなたにしか出来ない事がありますとも!」
言いながら、途端に手のひらを返したようにニコニコと笑みを浮かべるクレア。
そんなクレアの後ろから。
「お久しぶりですカズマ殿」
アイリスの教育係、魔法使いのレインが現れ、室内へと入って来た。
この二人が同時に来るとはどうしたのだろう。
そんな疑問に答える様に、レインが実に言い難そうに。
「その......。カズマ殿がアイリス様を助けるため、隣国エルロードで頑張ってくれた事は理解しています。そしてカズマ殿がここに残り、アイリス様に毎晩色々なお話をしてくれる様になってから、アイリス様は大変明るく、そして毎日が楽しそうになられ......」
そんな事を言い出したレインの後を、クレアが引き継ぐ。
「そう、毎日楽しそうにしておられます。その事に関しては感謝します。連日、何時魔王軍の手の者に襲撃を受けるかも分からない王都において、歳若いアイリス様が、表に出さないだけでどれだけ不安な想いをされていた事か......。それを少しでも解消して頂けた事には本当に感謝しております。そして、あなたのそんなところにダスティネス卿は惹かれたのかとも思いました。......しかし、しかしですね......!」
一体クレアとレインは何を言いたいのやら。
と、そんな俺の部屋のドアをコンコンと叩く音。
ドアは開いているのだが、礼儀上ノックをしたのだろう。
そしてひょっこりと顔を覗かせたのは、この間の寂しそうな顔は一体どこへ消えたのか、明るい顔の妹だった。
ここ最近、俺に教え込まれた日本の言葉をスポンジの様に吸収し、それらを見事に使いこなしているアイリスが、楽し気に言ってきた。
「お兄ちゃん、こんな時間まで寝てるだなんてヤバくないですか? 外はチョー快晴だから、お弁当を持って外で食べませんかマジで!」
クレアとレインがそれを聞き、頭を下げながら泣き出した。
「「カズマ殿、お願いですから帰ってくださいっ!」」
マジ断る。
6
「──そっちに逃げたぞ! 捕まえろーっ!」
数時間後。
俺は理不尽にも、城中の兵士達に追われ逃げ回っていた。
未だかつて、俺はこれ程までに頭を巡らせ、これ程までに激戦を繰り広げた記憶はちょっとない。
......いや、そういえば一度だけ覚えがあるな、思えばあの時もアイリス絡みだった。
「相手は一人だとて侮るな! 魔王の幹部や大物賞金首を何体も倒した男だ、何をしてくるか分からんぞ!」
聞こえてくるのは俺を追うクレアの声。
その声を聞いてか聞かずか、俺の前に数名の兵士が立ち塞がる。
「客人、ここから先には行かせません!」
「どうか、無駄な抵抗は止めて大人しく......!」
そんな兵士の言葉には耳を貸さず、俺は手元を懐に隠しながら小さな声で呟いた。
「『クリエイト・アース』」
初見殺しのお馴染み戦法。
「な、なにを?」
そんな目の前の兵士達の戸惑いの声を聞きながら。
「『ウインド・ブレス』ッッ!」
「ッ!? ぐあああっ!?」
「目がぁっ......!」
目潰しを食らってその場にうずくまる数名の兵士。
と......、見れば俺を捕縛するためか、その内の一人がロープを持っていた。
うずくまり無抵抗になった兵士からロープを奪い、俺は更に逃走する。
このままこいつらを何とか撒いて、俺はアイリスの下へ行かねばならない。
そう、俺はまだ帰るわけにはいかないのだ。
アイリスの下へ行けさえすれば、うまく丸めこめ......いいや、説得して味方に付ける事ができる。
俺に摑みかかってきた兵士の鼻を、手のひらで包み込む様に押さえると、
「『クリエイト・ウォーター』!」
「ゴバッ!」
鼻から水を無理やり流し込まれたその兵士が、目に涙を浮かべてせき込んだ。
「カ、カズマ殿! 先ほどからのその戦い方は、あなたはもしや......!」
そんな俺を見たクレアは、何かに気が付いた様におののき呟いている。
だが俺は、上手く逃げていたつもりでいつの間にか袋小路に追い込まれていたらしい。
咄嗟に入った路地が行き止まりな事に気が付くと、背後からは聞き慣れたクレアの声。
「......まったく。私とした事がとんだ節穴でしたね」
俺は振り返ると、数名の兵士を引き連れたクレアに対して身構えた。
俺は何としてでもここを切り抜け、アイリスの下へと行かねばならない。
そんな決意を胸に、俺は目の前に立ち塞がるクレアと対峙する。
「残念だよクレア。アイリスの子供の頃の話を聞きながらお前と飲む酒は美味かった。こんな出会い方じゃなければ、俺達はきっと親友にだってなれただろうに」
「カズマ殿......。私とて、この様な形の別れ方は残念ですよ。そして、あなたに一つだけお礼を言わせてもらいたい。いつぞやはアイリス様を危険な魔道具から助けて頂き感謝します。ですが......」
「......ですが?」
クレアは俺の問いかけに抜剣をもって答えとした。
なるほど、今日のクレアはいつもと一味違う様だ。
なら......、
「アイリス様の指輪を奪った事だけは許せない。アレを返してもらおうか。あの指輪はあなたが持っていていい物ではないのだ。返さないというのであれば、あなたの正体を世間に公表するまでだ。アイリス様は悲しまれるだろうが致し方ない。さあ、それが嫌なら大人しく......」
なら俺も、全力で相手をしなければ失礼になる。
「お前は公表なんてできないさ。なんせアイリスが兄とまで呼んで親しくしていた人間が、まさか義賊をやってるなんて王家の恥だからな。さあ、そこを通してもらおうか白スーツ。でなければお前を、泣いて嫌がる目に遭わせなければならなくなる」
クレアの言葉を遮る俺に、
「......た、例えば?」
今までなら俺を侮り、ハッタリだと鼻で笑ったクレアだが、なぜか怒りもせず、それどころか既に泣き出しそうな表情で、おそるおそる尋ねてきた。
どうした心境の変化だろう?
俺が以前城に侵入した盗賊だと理解したから?
それとも、今日の活躍を実際にその目で確認したから?
まあ、そんな事はどうでもいい。
俺はアイリスの下へ行き、更なる教育を施すのだ。
そんな小さな決意を秘めて、俺は手にしたロープを見せつけると。
「このロープでバインドスキルを使って縛りあげ、その上であんたが泣いて謝るまでスティールを唱え続ける事になる」
「ひいっ! ちょ、ちょっと待って!? ま、待って頂きたいカズマ殿! 私は仮にも貴族の娘だ! こんな公衆の面前で、そ、そんな大それた事は......。し、しません......よね?」
不安気に聞いてくるクレアに向けて、威嚇する様にロープをヒュンヒュン振り回し。
「ちなみに俺は、ダクネス相手に水をぶっかけた事もあれば縛りあげた上で馬車で引きずり回した事もある。信じる信じないはお前の自由だ」
「退避ー!」
クレアは表情を引きつらせ、悲鳴じみた声で退避命令を出した。
だがそれとは対照的に、その場にいた兵士達はジリジリと距離を詰めて来る。
こうやって、真正面から数で来られると俺の力ではどうしようもなくなってしまう。
「ここはお任せをクレア様! あの男は我々が......!」
相手は四人。
そしてその兵士達には、先ほどの俺の目潰しを遠巻きながらも見られている。
となると、彼らに同じ手は通用しないだろう。
「さあ客人、大人しく我々と共に......ッ!?」
「『バインド』ッ!」
何か言いかけた兵士に対して、俺はすかさずバインドを仕掛けた。
その兵士は自らの剣でロープを切り払おうとするも、それでも宙を舞うロープは易々とは切れず。
その兵士は剣と共に、不格好な状態ながらも縛られた。
掛かりが浅い、この状態ではいずれ切り払われるだろう。
だが、この僅かな隙で十分だ!
「確保っ!」
叫んで、俺に飛びかかろうとする一人の兵士に、片手を突き出し一声叫ぶ。
「『ウインド・ブレス』!」
一瞬たたらを踏ませた程度だが、それでも俺を囲んでいた包囲に隙間ができる。
「小手先の技ばかりだ! 怯むな、一気に行けえっ!」
そう叫んだのはこいつらの隊長か何かだろうか。
「ま、待てっ! ダメだ、その男は......!」
慌てたクレアが何かを叫ぶが、もう遅い。
俺は相手の懐に自分から飛び込むと、相手に握手を求める様に片手を差し出す。
反射的にわけも分からず俺の左手を握ってしまったその男から、遠慮無くドレインした。
「ッ!?」
その場に膝を突く男を見て、たたらを踏んで怯んでいた兵士ともう一人の兵士が、何が起こったのか分からずに、警戒しながら動きを止めた。
その隙を突き、兵士達の脇を通り過ぎると......!
「そこまでですカズマ殿、既にここは包囲されています! さあ、自分がテレポートで送りますので、アクセルの街へ帰りましょう!」
袋小路から抜け出て見ると、そこには十を超える兵士の姿。
それらを引き連れていたレインが、若干青ざめた顔で言ってきた。
動きを止めた俺の後ろから、兵士二人とクレアも出てくる。
クソッ、何かないか、何か!
そんな俺の僅かな期待も虚しく、レインが連れて来た兵士達が隙間なく包囲を固めた。
あかん、これは都合良くどうにかできる数ではない。
だが、俺はまだアイリスに教えていないアレやコレが......!
「さあ、カズマ殿。もうこれ以上の抵抗は止めて大人しく帰ってください。......この一時間余りの逃走劇で、凍らされた地面で転んで怪我を負った者数名、バインドで未だに縛られている者数名、どういった方法を使ったのか、魔力を失い気を失った者など......。よくもまあ、たった一人でこれ程までに色々と......まるで、以前王城に侵入した賊の様な......」
呆れたような、それでいて感心した様なレインの声。
「はあ......はあ......。ま、全く、信じられない男だ......。ミツルギ殿が二度も負けた理由が、嫌ってほどによく分かった......。一体どんなスキルを持っているのか、我々の気配を簡単に察知して逃げるわ、追い込んだ筈なのに簡単に姿を見失うわで......」
俺に何度も撒かれたクレアが、疲れた顔でそんな事を言ってくる。
敵感知と潜伏スキルの事を言っているのだろう。
他にも読唇術スキルと千里眼スキルでこいつらの指示を遠くから読み取ったり、追い付かれたとしても逃走スキルで更に逃げたり。
そんな俺の抵抗も空しくこんな所まで追い詰められた。
だが、俺がここで終わる様な普通の男なら、魔王の幹部達と渡り合うだなんてきっと不可能な事だっただろう。
動きを止めた俺の姿に、諦めたかと安心したクレアがゆっくりとこちらへと近づいてくるが......。
「なあレイン、俺と取引しよう」
俺は抵抗する素振りは見せないまま、レインに静かに語りかけた。
その言葉にクレアが表情を強張らせ。
そして、レインの眉がピクリと動いた。
「レインの家は、確か小さな貴族なんだろ? 俺は知っての通りダクネスとは仲が良く、そしてダクネスの親父さんにも覚えが良い。娘をよろしく頼むと言われるぐらいには懇意にして貰っている。それこそ、ダスティネス家の紋章付きペンダントを預けられるぐらいにはな」
「止めろ! 聞くなレイン、その男の言葉に惑わされるな!」
俺が語り出したその言葉にレインが喉をゴクリと鳴らし、クレアはヒステリックに呼び掛ける。
「......そして、アイリスとは既に、お互いに名前の呼び捨てすら許し合う間柄だ。そんなに俺を慕ってくれているアイリスから本当に俺を引き離してしまうのか? それをアイリスが望むのか? ここで俺に貸しを作っておくと、ひいては、ダスティネス家とアイリスへの覚えが良くなるぞ。つまりキミの出世がかかってるって事だよレイン君」
「聞くなレイン! ダスティネス家に貸しはできても、私に借りができる事になるぞ! 私を敵に回すと後が怖いぞレイン! それに、それにだ! アイリス様の将来を考えるなら、いかにこの男に懐いておられても、引き離すのがアイリス様のためだ! 良く分かっているだろう、この男と一緒にいたら、アイリス様はどんどんダメになるぞ! 最近のアイリス様の姿を思い出せ!」
俺とクレアに挟まれて、レインは困った様な表情でオロオロしている。
レインが連れて来た十を超える兵士達は、多分全員がレインの私兵か何かなのだろう。
主のレインが困っているため、俺の捕縛に動けない。
そして、そのレインの私兵が動かない事で、クレアと共に俺を追っていた兵達も動けないでいた。
レインはダラダラと汗を垂らしながら俺とクレアを交互に見る。
悩んでる悩んでる、ここは後もうひと押しだな。
「なあレイン、良く考えてみてくれ。魔王の幹部や賞金首と戦った俺は、この国の戦力にはなれないか? この短い間で俺の実力も十分理解しただろう? ここの城に滞在して、アイリスの遊び相手をしながらイザって時は城の防衛だって手を貸そう。俺は作戦を立てたり弱点を突いたり、そういう事が得意なんだ。......どうだ、悪い事なんて何もないだろ? アイリスは遊び相手ができて幸せ。俺も幸せ。国民は戦力になる冒険者が増えて幸せ。レインはダスティネス家やアイリスに気に入られて幸せ。な? もうこれでいいじゃないか?」
「............」
「レイン、黙り込むな! 『なるほど、そうか!』とばかりに手を打つな! ......よ、よし分かった! レイン、確かお前の家は幾ばくかの負債を抱えていたな? あれを当家で肩代わりしてやろうじゃないか! 確か、数千万ほどだったな? どうだ、悪い話じゃないだろう!?」
俺の言葉に納得しかけていたレインだったが、クレアのその一言は効いたらしい。
俺に向かってレインが、ごめんなさいと小さく呟き頭を下げる。
それを聞いて、ようやくクレアが安心した様な、ホッとした表情を浮かべた。
──もし俺が一介の冒険者だったなら、話はここで終わったのだろう。
だが、ここで男の甲斐性を見せなくてどうするのか。
「いいかレイン。俺の個人的な資産は既に十億を超えている。この意味が......」
「とっ、取り押さえろっ! これ以上この男に喋らせるなっ!」
俺は全てを言い終わるよりも早く、背後から忍び寄っていたクレアの部下に取り押さえられた。
「お、おのれ卑怯者! 今は交渉中だったはずだろ、途中で妨害するな! おいクレア、お前またパンツ剝かれたいのか! さっきレインを脅していたが、お前こそ俺を敵に回すのは得策じゃないぞ!」
「分かっています、分かっていますよカズマ殿! 私は今、ハッキリ言ってどんな政敵やモンスターよりもあなたの方が恐ろしい! 個人的な能力もあれば口も回りコネもある。大金を持っていたのは知っていましたが、まさかそこまでとは......!」
兵士達に俺の両腕をしっかり押さえるように指示しながら、クレアが言った。
「レイン、私の指示通り、記憶を消去するポーションは持って来ているな?」
なんだ記憶を消去って。
物騒な言葉に不安を覚える俺を、更にしっかりと押さえる兵士達。
「こんな手荒な真似をするのは不本意なのですが、あなたをアイリス様の傍に置いておくと本当に悪影響を与えます。そして、強制送還なんて手荒な真似をする以上、あなたはきっと我々を恨むでしょう。ハッキリ言って、私は何をしでかすか分からないあなたが怖い。申しわけないが、ダスティネス様と共にアクセルに帰ろうと決意したあの日まで。そう、子供達の手紙を読んで、やる気に漲っていたあの時以降の出来事は、どうか忘れて頂きたい。......さあ、レイン!」
おい待てよ。
俺が帰ろうとしていたあの日以降を忘れさせる?
それってつまり、俺がアイリスにお兄ちゃん大好きって言われたあの事も......。
「わ、分かりました。いいんですね? このポーションは、運が悪ければ副作用でバカになる可能性がある、非人道的な理由から禁忌とされたポーションですが......。ほ、本当によろしいんですね?」
クレアに対し、レインがそんなとんでもない事を言いながら、ポーションを持って俺の傍に......!
「や、止めろお! そんな妙な物飲ませるんじゃない! お前ら覚えてろよ、今が昼間で良かったな! 俺は本来、夜にこそ真価を発揮する。暗視や敵感知、そして潜伏スキルでどんな屋敷にだって忍び込めるし、弓があればどんな遠くからでもお前達を狙撃できる! 覚えてろよ! 覚えてろよっ!」
「は、早く! 早くポーションを飲ませろレイン! 怖い! この男、本当に怖い! あれでまだ本領じゃないだとか! というかそういえばこの男、ミツルギ殿を窒息させかけた凶悪な方のフリーズも使わなかった。つまりはアレで、まだ手加減をしていたという事だ! レイン、さあ早く! 今日までの記憶を綺麗さっぱり消してくれ!」
「私も長く護衛をやってきましたが、この方、本当にとんでもないです! は、早くポーションを......! ほら、カズマ殿口を開けて......!」
城の敷地の隅で兵士に取り押さえられる俺を、二人の貴族の娘が挟み込み、俺の顔に手を伸ばして必死に口を開けさせようとする。
傍目には両手に花の状態かもしれないが、冗談ではない!
「『ティンダー』!」
「あっつ! 熱い熱いっ! ああっ、大事にしていた高価なマントに穴がっ!」
「この男、こんな状態になってまで最後まで抵抗を......! 心の底からあなたを畏怖しますよカズマ殿! レイン、マントは後で買ってやるから、お前はもうテレポートの詠唱をしろ! ポーションは私が飲ませる!」
レインからポーションを取り上げたクレアが、追い詰められた様な表情でこちらに迫る。
なんでお前がそんな顔なんだ、追い詰められてるのは俺の方だ!
レインが早口で魔法を唱え、ポーションが俺の口に添えられた、その時だった。
「お兄ちゃん!」
騒ぎを聞きつけやって来たのだろう。
まだ大分距離があるものの、遠くから真っ直ぐこちらに駆けながら、アイリスが泣きそうな声で呼び掛けてくる。
乱暴される寸前のお姫様が直前で勇者に助けられる。
状況的にはまさしくそんな感じなのだが、肝心の配役が逆だった。
アイリスは押さえつけられた俺を見るや、
「クレア、お兄ちゃんに一体何をする気ですか!? 今の私はチョー怒っています! 今すぐやめないとマジで許しませんよ!」
「アイリス様、マジだのチョーだのお兄ちゃんだの、その様な言葉遣いはお止めください! お叱りは覚悟の上です。この男は今から記憶消去のポーションを飲ませ、アクセルに返品致します!」
アイリスは、自分を止めようと立ち塞がる兵士達を素手で薙ぎ倒しながら、
「そんなのチョー許さない!」
「その言葉遣いを止めないと、アイリス様こそマジで許しませんよ!」
「クレア様まで言葉遣いがうつってますよ! テレポートの詠唱が終わりました、いつでも返品可能です!」
ちくしょう、後ちょっとだったのに!
「お兄様!」
もう間に合わない事を悟ったアイリスは、その場に足を止めて呼吸を整え、必死に呼びかけてきた。
「お兄様、もし再び会えたなら、今度こそずっと離れません!」
俺の可愛い妹が、そんな健気な事を叫んでいる。
「アイリス、お兄ちゃんは帰ってくるぞ! そして、今度こそ城から離れず毎日遊んで暮らすんだ!」
「この場面で何て事を口走るんだこの男は! さあ、口を開いてください! レイン、ポーションを飲ませると同時に転送しろ!」
クレアはそう告げると同時、俺の口にポーションを捻じ込んだ。
即効性のあるポーションなのか、ズンと頭が重くなり、一気に意識が遠くなる中......。
「私の事を思い出したら手紙をください! お兄様が、いつか必ず魔王を倒すと、必ず信じて待ってますから──!」
1
気が付くと、俺はなぜかアクセルの街の入り口に立っていた。
............?
はて、何があったのかが思い出せない。
何だろう、なにか大切なものを失った様な......?
探し求め続けてようやく出来た、大切な家族が失われたような......。
なんだろう、この喪失感は。
確か、俺の宿敵であるクレアに......。
クレアに?
なんだっけ、俺はなぜクレアを宿敵などと思っているのか。
あいつは俺と同じアイリス愛好家であり同志のはず。
でも何だろう、クレアには何かをやり返さなければいけない気がする。
というか、俺はアイリスにねだられて城に一晩泊まったはずで、ダクネス達を見送った後、部屋で大事な話をしたはずだ。
確かアイリスが俺の事を......。
俺の事を、なんだっけ?
......あれえー?
何だろう、やはり何か腑に落ちない。
腑に落ちないが、クレアにだけは後で何かやり返しておこう。
本能に近い部分がやっとけやっとけと訴えかけているのだ。
まあいい。
今の俺は子供達の手紙のおかげでいつになくやる気に満ちている。
きっと今頃はあいつらも、俺と同じ想いのはずだ。
俺は久しぶりに帰ってきた街中を屋敷に向けてテクテク歩く。
エルロードの旅は何日だったか。
その後は二週間ほど城に居ただけなのに、なんだかこの街が随分と久しぶりみたいな気がするのはなぜだろう?
そんな事を思いながら、俺は自分の屋敷に着いた。
そして、玄関を開けようと......して。
ドアが開かない事に気が付いた。
「......?」
なんてこった、誰かいれば鍵は何時も開いているはず。
という事は、皆出かけているのだろうか。
はやる気持ちを抑えきれず、冒険者ギルドで依頼を探しているのかもしれない。
まあ、ここで待っていればきっとその内帰って来るはず。
というか、早く帰ってきてくれないと困る。
俺はダクネスに荷物やなんかをそっくり預け、手持ちの金もあんまりない。
......ん?
「あれ、財布がない? やべえ、どっか落としたのか? 走り回った覚えもないのにどこやったんだよ」
エルロードからの帰りだったおかげで、中身はほとんど土産に使い、そんなには残ってなかったはず。
まあ財布を買い直せばそれでいいか。
しょうがない、ここでしばらくのんびり待とう。
──俺がそんな事を考えぼーっとしてると、夕方近くになっていた。
「お、遅え......! 何やってんだあいつらは......! 冒険者ギルドに行ってみるか? いや、行き違いになっても困るし、むしろここまで待ってギルドに行くのはなんか負けた気がする......」
俺は屋敷の庭に作られた鶏小屋の前で、ゼル帝を前に愚痴っていた。
小屋の中、ふわふわの毛布が何重にも巻かれた暖かそうな寝床の中には、屋敷から閉めだされている俺とは対照的に、綺麗な水と餌を置かれた、VIP待遇で深い眠りにつくひよこの姿が。
......と、俺はふと気が付いた。
「お前、何かちょっと成長してないか?」
俺は、眠るゼル帝の姿を見ながら、じっと体育座りで鶏小屋の前に座っていた。
こいつは高い魔力を秘めているため、成長が遅いんじゃなかったか?
まあ、旅してきたのだからそんな事もあるかもしれないが。
と、その時。
「ドラゴン泥棒ー!」
屋敷の二階の窓が開けられて、俺に向かってそんな声が掛けられた。
誰がドラゴン泥棒だとか色々言いたいことはあるが、ゼル帝をドラゴンと言い張るのはこの屋敷には一人しかいない。
「お前誰が泥棒だコラ。ていうかいい加減ひよこだと認めろよ。屋敷にいたなら鍵はちゃんと開けといてくれ。おかげで誰もいないと思って、ここでずっと待ってたんだぞ」
そんな俺の言葉に、アクアが無言で俺をジッと見る。
............?
「ちょっと何を言っているのか分からないんですけど。めぐみんとダクネスとの相談の結果、ここは麗しき女神アクア様の屋敷となりました。ダクネスはこの街に実家があるし、めぐみんは紅魔の里に実家があるから私の物でいいって言われたの。というわけで、ここは私の屋敷になったんです。あなたはお城に住むんでしょう? 出て行って。早く庭から出て行って!」
............。
「お前ってヤツは、普段からバカだバカだとは思っていたが、今日は一体どうしたんだ。重症のバカに成り果てているじゃないか。ちょっと自分の頭に治癒魔法を掛けてみろよ。それでも治らないなら今すぐ病院に連れてってやるから」
そんな俺の言葉を受けて、アクアは二階の窓をぴしゃんと閉めた。
............。
俺は玄関へと回り込むと、そのドアをドンドン叩く。
「帰ったぞー! ダクネス、めぐみん、いるならここ開けてくれー! アクアのバカが鍵掛けやがったんだ!」
ドアを叩きながら俺が叫ぶと、玄関の上の部分に位置する二階のテラスの窓が開く。
またアクアかと思ったら、そこから顔を覗かせたのはめぐみんとダクネスだった。
これで安心。
......と、思っていたのも束の間の事。
「よくもまあ、今更ノコノコと顔を出せたものだなカズマ。城での一週間の暮らしは楽しかったか?」
......一週間の暮らし?
俺がダクネスの言葉を疑問に思っていると。
「ふふふ、随分と舐められたものですね私達も......! あれだけ格好付けておいて、私達を先に帰らせた後、そのまま一人だけ城に居座るとか......! あんな空気を作っておいて、流石の私も予想外でしたよ!」
なぜか猛り狂うめぐみんが、窓からそんな事を言いながら、杖をブンブンと振り回している。
いや、ちょっと待って欲しい。
「おい待て。お前らが先に帰ってから、俺が一週間も城にいただとか。そりゃ一体どういうこった。俺は昨日一晩泊まっただけだろ。それがなんで......。......あれ?」
おかしい、何かが引っ掛かる。
何だろうこのもやもや感は。
俺のそんな言葉に、めぐみんはますます猛り。
「おい、すっとぼけるとは良い度胸じゃないか。爆裂魔法で人はどれだけ飛べるのかという実験をしてやろうじゃないか!」
そんな物騒な事を口にする中、ダクネスがふと首を傾げた。
「......カズマ、お前は城で何をやらかしてきた。王家でも滅多に使われない、禁忌とされている記憶消去のポーションを飲まされたな? 服用した量により、記憶がスッポリ抜け落ちる。あれは、運が悪いと副作用でバカになるはずだがその辺は心配なさそうだな」
「私からすれば、この男はもう既にバカな事を口走っていると思いますが。......しかし、記憶消去のポーションですか? ......確かに、ちょっと先ほどから態度がおかしいのですが。......記憶を失ったフリでもして誤魔化しているんじゃないでしょうね? ......でも、もし本当に記憶を失っているのなら、そんな状態のカズマに制裁加えるのも、何だか良心が痛むのですが......」
若干不満そうながらも、ため息を吐きながら何かを諦めた様な表情のめぐみん。
良く分からないが、ダクネスの推測からすると俺は記憶を消されたらしい。
......ふむ。
「俺の記憶には、お前らを見送った、すぐ後の事ぐらいしかないんだが。確かあの後アイリスの部屋に呼ばれ、そこで......」
そういえば、俺は妹とはいえ女の子の部屋に行ったはずなのに、それを覚えていないとはどういう事だ。
......なるほど、記憶の消去か。
きっと、俺は持ち前の運の良さで何か重大な国家機密でも知ってしまったのだろう。
そして、秘密を知ってしまった俺をどうするかで揉めたのだ。
本来国家機密を知られた冒険者となれば、そんな馬の骨など口封じとして始末してしまえばいい。
だが秘密を知ったのはこの俺だった。
外部の人間に秘密を知られたままではマズい。
だが、多大な功績を挙げた俺という勇敢な冒険者を口封じするのも国益に反する。
そこで妥協案として記憶の消去に至ったのだ。
うん、きっとそうだ。
自分でもなんかどんどんそんな気してきた。
「おい、良く分からんが、俺は持ち前の運の強さと巻き込まれ体質から、何か重大な国家機密を知ってしまった気がする。そして、俺という重要人物をどう処理するかを、何日も掛けて緊急会議でも行っていたんだろう。その間、俺が帰らない事をお前らが心配しない様、適当な手紙をでっち上げられたと思われる。......で、会議の結果俺を殺すには惜しいとの判断になり、こうして記憶を消されて帰された、と。そんな予想を立ててみたんだが、どうだ?」
自分で言ってて、この推測に間違いないと思えてくる。
そして、その全ての黒幕ともいうべき人物を多分俺は知っているはずだ。
「むう......。あながち的外れでもない......のか? しかし、他にこの男に、わざわざ記憶消去のポーションなんて物を飲ませる理由も......」
ダクネスがそんな事を言いながら、腕を組んで首を傾げ。
「ど、どうなんでしょうか。この男の事だから、アイリスに甘えられて雰囲気に流され、そのまま残っていただけな気もしますが......。ですが、そんな事が記憶を消される理由にもなりませんし。うーん......」
そう言って悩み出すめぐみん。
そんな二人に、俺は一つだけ心当たりのある事を告げた。
「クレアっていただろう。俺には何だか、あいつが全ての元凶という気がするんだよ。あいつとはアイリスの事で意気投合してたはずなんだ。それがなぜだか、俺はあいつに報復をしなきゃいけない気がする」
その俺の言葉を聞いて、ダクネスがますます表情を険しくした。
「......なるほどな。確かにシンフォニア家の当主であれば記憶消去のポーションだって使う権限がある。しかも、彼女は国の中枢を務める人間でもある。しかも、確かにお前はクレア殿と友好を深めていたはずだ。......ふむ、なんだか信憑性が出てきたな」
そんなダクネスに続いてめぐみんも。
「まあ、こうしてちゃんと帰って来てくれただけで良しとしてあげましょう。その代わり、ここしばらくは爆裂散歩に付き合って貰えなかったんですから、明日からは」
明日からは、爆裂散歩に付き合って貰いますよ?
きっとめぐみんはそう言うつもりだったのだろう。
「何を言ってるの二人とも? バカなの? 口から先に生まれた様なクソニートの言う事を真に受けるとか大丈夫なの? このロリコンニートは、きっと、お兄ちゃん大好きとか言われたらそれだけで流されて残るとか言い出す男よ? そのまま、執事やメイドに身の回りの世話してもらう生活が居心地良すぎて、もう私達なんてどうでもいいやー、ここでのんびりと暮らそうとかって、きっとそんな感じだったに違いないわ」
折角まとまり掛けた空気をこの女が邪魔しなければ。
まるで見てきたかの様に言うアクアに向けて、俺は三人が顔を覗かせる二階の窓を見上げながら、
「お、おい、失礼な事言うな。そんな事あるわけ......が......。......あれえー?」
何だろう、今の言葉で大切な何かを思い出しそうな。
そんな俺の姿を見て、勝ち誇る様にアクアが言った。
「ほらみなさい! 暫くの間は、この屋敷への出入りを禁じます。どうしても入れて欲しくなったなら、アクア様ごめんなさいと土下座して、これから一日三回、この私を崇め奉る祈りを捧げること。そうしたら入れてあげてもいいからね。それが出来ないのならあっちへ行って! ほら早く、あっちへ行って! まったく、これ以上ウチのダクネスとめぐみんをたぶらかさないでくれます?」
そんな舐めた事を言いながら、アクアはぴしゃんと窓を閉じる。
「おいふざけんなよ、ちょっと待てよ!」
俺が慌てて引き留めるも、これ以上は話す事など何も無いとばかりにアクアはどこかへ行ってしまう。
......あんのアマー!
俺は、もう一階の窓を叩き割って強行突入しようと窓に近付き......。
「おい、何だこれ」
そこを見て絶句した。
ざっと見た感じ、一階の窓には外から木板が打ち付けられ、窓からの出入りは難しい状態だ。
時間をかけて板を引き剝がしている間に、作業の音を聞きつけたアクアに妨害される事だろう。
ええ......。
俺は被害者のはずなのにこれどうしたもんか。
かといってあのアホに土下座するなんて事はあり得ない。
俺は悪い事や疚しい事など何もないはずなのだ。
......と、俺が悩んでいると、足下に何か小さなものが落ちてきた。
ふと見上げると、そこにはこっそりと窓を開け、何かを落としためぐみんの後ろ姿が。
二階から落とされた物を見てみると、それはどこかで見覚えのある......。
ああ、そうか。
それはめぐみんが愛用していた財布。
どうやら、めぐみんはエルロードで散財した俺の懐具合を心配し、金を落としてくれたらしい。
よく考えてみれば銀行の通帳も家の中だ、財布を落とした今の俺には正直言って有り難い。
やがてめぐみんはこちらを見向きもせず、何くわぬ顔でその場を去った。
めぐみんの財布を拾い上げると、そこに黒い影が差す。
再び上を見上げると、布に包まれた何かが足下にポンと放られた。
窓からチラッと見えたのは、陽の光に煌めく金色の髪。
ダクネスも、何かをこっそり投げ落としてくれたらしい。
二人共、有り難いは有り難いのだが、そんな事をしてくれるぐらいなら、あのバカを説得するなりして欲しい。
ダクネスが落とした包みを広げると、そこには俺が愛用している弓が一式。
今まで何度も使っていた、矢じりがフック状になったロープ付きの矢がある事から、俺はそれだけでダクネスの意図を知る。
めぐみんの金で飯でも食って、夜になったならダクネスの落としてくれた弓で、二階の窓から帰って来い......、と。
......まさか、自分家に潜入するハメになるとは思わなかった。
2
しかし、どうしたものか。
「お会計、九百エリスになります」
深夜に屋敷に侵入するとしても、以前俺がダクネスの実家に侵入できたのは、アクアの支援魔法で肉体が強化されていた事が大きい。
ダクネスが弓とロープ付きの矢を落としてはくれたが、果たして支援魔法もない普段の俺の身体能力で、以前の様に音を立てずに侵入可能だろうか。
酒場で夕食を食べ終えて、その会計を済ませようとめぐみんが落としてくれた財布を開き......。
「............」
ポイントカードやらクーポンでギチギチの財布から、千エリスを出すと支払いを......。
「では、百エリスのお返しです。ありがとうございました、またのお越しをー!」
めぐみんの金を使うのに凄く抵抗があるのはなぜだろう。
いや、ポイントやらクーポンやら、良い主婦になれそうでいいとは思うんだが、この金を使うのはなんだか良心が痛む。
あいつは普段、ほとんど俺に金を預けてるんだよなあ。
渡した金もほとんど実家に仕送りしているみたいだし、無事屋敷に帰ったなら、めぐみんが嫌がっても金は多めに返すとしよう。
......しかし参ったな、今回の屋敷への侵入はとにかくアクアが厄介だ。
あいつは、普段ぼーっとしているクセに、本当に余計な時だけは勘が良い。
しかも、俺以上の暗視が可能ときた。
とっとと酒でも飲んで寝こけてくれれば良いのだが、空気を読んでくれないあいつはこんな時だけしっかりと起きている気がする。
なぜだかは分からないが、長い付き合いでそんな気がする。
一度中にさえ入ってしまえばアクアに負ける気はしないのだが、登っている最中に見つかると絶対に何かされる。
俺が屋敷への侵入経路を考えながら、アクア達が寝静まるであろう深夜まで時間を潰そうと街をウロウロ散歩してると。
「おや、久しいな。自らに惚れた女から貰った金で腹を満たし、現在ご満悦のヒモ同然の男よ。こんな夜更けに散歩であるか? 今宵は満月、魔力も満ちて非常に良い散歩日和であるな! これから散歩ついでにアクシズ教会の天辺に登り、屋根に付いているシンボルマークをセクシーな大根に変えてやろうと思うのだが、貴様も来るか?」
「......行かない。お前、その内見つかって八つ裂きにされないように気を付けろよ」
出くわしたのはバニルだった。
その手には、確かにセクシーな形をした大根が握られている。
悪魔は眠る事も無いので、夜は毎晩暇なのだろう。
............。
「なあバニル。お前今暇なんだろ? ちょっと頼みを聞いて貰えないか?」
女神が守る屋敷に侵入する為に、悪魔の力を借りる。
なんだかとても背徳的な気がするが......。
「ほう? 悪魔に頼み事をするという意味をちゃんと分かって言っておるのか? 我々に物事を頼む際にはそれなりの対価が必要だ。大悪魔である我輩の対価は高く付くぞ?」
バニルが悪魔らしく邪悪そうにその口元を歪めてくる。
普通なら多少は怖気づく場面なのだろうが、それより手に持つセクシーな大根が気になってしょうがない。
「今度ウィズの店で、いらない高額商品を大量に買い取るよ」
「汝偉大なるお得意様よ、この我輩に全てをお任せあれ! ......オマケでこの大根も付けてやろうか?」
「いらない」
──草木も眠る丑三つ時。
この時こそ悪魔やニートが最も活性化する時間帯だ。
「フハハハハハハ! フハハハハハハハ!」
「こ、こらっ、こんな時間に笑うな! なんで今日に限ってそんなにテンション高いんだよお前は!」
そんな誰もが眠りに就く深夜に、俺とバニルは屋敷の前へとやって来ていた。
「フハハハハハハ、今宵の我輩は昂ぶっておる! 満月の夜に女神を襲撃! これが昂ぶらずにいられようか!」
こいつを頼ったのは間違いだったのだろうか。
とりあえず、手順はこうだ。
まずは、俺が普通に侵入を試みる。
支援魔法抜きではあるが、それでなんとかなるようならそこで作戦完了だ。
俺の力でよじ登れなかったり、もしくは侵入の途中で気付かれた場合には、バニルに屋敷へ突撃してもらう。
サキュバスの侵入を防いだ時の様に、きっとアクアが対悪魔用の結界を張っている事だろう。
それにバニルが触れるなりなんなりすればアクアはそっちに行くはずだ。
後はその隙に何とか侵入。
目標としては、完全に屋敷内部に侵入し、アクアを取っちめるなりなんなりして和解、もしくは屋敷の征圧。
次点の目標としては、屋敷の俺の部屋に置いてある預金通帳を奪還する事。
ぶっちゃけ金さえあれば締め出されたところで、ほとぼりが冷めるまで宿屋暮らしをして遊んで暮らしていれば良い。
いや、むしろ毎日堂々と遊び呆けられる分、そっちの方が良いかも知れない。
とりあえずの作戦はこれで行くと決め、俺はバニルの見守る前で、屋敷の自分の部屋がある屋根に弓を......!
「......あれっ」
ふと違和感がある事に気が付いた。
昼間はそんな物無かったはずなのに、俺の部屋の窓が中から板を打ち付けられている。
俺は慌てて他の部屋の窓を確認するも残りの部屋にもしっかり木板が打ち付けられていた。
こんな事にだけマメで暇なヤツは一人しか思い当たらない。
俺はいきなり計画が頓挫した事で、どうしたものかと悩み、ふと気付いた。
全ての窓が塞がれてはいない事に。
それは、この屋敷の住人が使っている部屋の窓。
自室の窓を完全に閉じきってしまう事に、めぐみんやダクネスが反対したのだろう。
アクアも、中にダクネスやめぐみんが居るなら俺が入って来ても大丈夫とばかりに安心しているに違いない。
財布や弓を落としてくれた事から、めぐみんやダクネスは協力者だと考えても良いだろう。
「バニル、お前の見通す力でちょっと俺を見てくれないか。めぐみんの部屋の窓か、ダクネスの部屋の窓か、どっちから侵入した方が良いかをさ」
「ふむ。相変わらず貴様を見ようとするとえらく鬱陶しい光が纏わりついて見難いが......。どれどれ、どちらから侵入しても結果は同じだが、ネタ種族の娘の部屋に侵入した方が吉と出た。ちょっとしたご褒美があるな。行って来い」
俺がバニルに尋ねると、アッサリとそんな答えが返ってくる。
どっちから侵入しても結果が一緒ってとこが気になるが、ご褒美とはなんだろう。
「めぐみんの部屋の窓だな。よし、行って来る!」
3
めぐみんの部屋の真下に陣取り、そこから屋根を目掛けて矢を放つ。
できるだけ音を抑えるために、狙うのは屋根の天辺ギリギリだ。
こんな距離なら狙撃と千里眼スキルの合わせ技でまず外す事は無い。
狙い違わず放った矢は屋根へと掛かり、それから伸びるロープを、念入りに何度もグイグイ引いた。
しばらく様子を窺ってみるも、誰も起き出す気配は無い。
バニルに一度振り返り、登る旨を目で伝える。
後は屋根から垂れ下がったロープを伝い、めぐみんの部屋へと......。
部屋へ......。
「......はあ......はあ......!」
支援魔法が無いと思った以上にキツイ!
ロープが滑りやすいのが悪いのか、ほぼ腕だけで登ることになるため俺の筋力が足りてないのか。
それでも何とかロープにしがみつき、ようやく窓の縁に手が掛かる。
左手でロープを握り締め、右手で窓の縁にしがみつき、そのまま呼吸を整えた。
そして、呼吸が多少整った所でコンコンと窓を軽く叩いてみる。
それを暫く続けていると、やがてカーテンが開けられ、俺の姿を確認しためぐみんがフッと笑った。
気のせいか、何だか嬉しそうな顔のめぐみんが、窓の鍵を開けようとカチャカチャやっていた、その時。
「見回りですよー! めぐみん、ちゃんと起きてる? あの男の事だから、きっとこのぐらいの時間帯にめぐみんかダクネスの部屋から侵入を試みようとすると思うの! しばらくは昼夜逆の生活になるけど我慢してね?」
めぐみんの部屋の外から聞こえてくるのはアクアの声。
あの女、普段は頭が回らないクセに、なんでよりによってこんな時だけ......!
その、先をちゃんと予想できる頭を、常日頃から生かしてくれればどれだけ俺の苦労が減る事か......!
ドアの外から聞こえてきたその声に、めぐみんが慌ててカーテンをシャッと閉め。
「起きていますよアクア。大丈夫、こちらは問題ないです。アクアも少し休んだらどうですか? それに、ちょっとぐらい侵入されたって良いじゃないですか。カズマも薬を飲まされて記憶を失っていたみたいですし、そろそろ許してあげても......」
めぐみんのフォローに、ドアを勢い良く開ける音がした。
「ダメよめぐみん、ニートを甘やかしちゃ! アレね、めぐみんは好きになった男がダメ男でも甘やかしちゃう様な、男に甲斐甲斐しく尽くして苦労するタイプね! そして好きになったダメ男が何度も浮気とかしても、なんだかんだで好きな相手だから許しちゃう、そんなタイプよ! 私のくもりなきまなこで見たところ、間違い無いわ!」
「なななな、何言ってるんですか! そ、そんな事は無いですよ......!?」
アクアの指摘に狼狽えるめぐみん。
そんなめぐみんに対して、アクアはふーん? と、何やらわけ知りな声を上げ......。
いや、いいから。
そんな、普段ならちょっと聞きたい話も今はいいから!
「めぐみんめぐみん、ひょっとして......」
「何ですか!? な、何ですか!?」
めぐみんとアクアがそんな会話をする中、手に汗が滲み出し、ロープが滑りやすくなってくる。
それを腕力のみで支えているため、腕がプルプルと......!
今はそういった、ラブコメチックな会話はいいから!
「めぐみん、あなた......! ひょっとして、あのダストとかいうダメ男の事を......!」
「違います」
クソッタレー!
俺は汗で滑る手では窓の縁とロープを摑み続ける事が出来ず、とうとう手を滑らせて、バランスを崩して落ちかけた。
ちくしょう、誰か助けてくれ!
そんな俺の願いを聞き届けてくれたのは。
女神を自称する変なヤツでも、俺が死んだ時にしか会えない本物の女神様でもなく。
「フハハハハハハ! フハハハハハハハ! 出あえ出あえトイレの女神よ! 今宵は満月、我々悪魔族の魔力が高まりに高まる高貴な夜だ! この地獄の公爵である大悪魔が、貴様に引導を渡しに来たぞ!」
日々赤字で悩む魔道具店のアルバイトが、屋敷の正面で名乗りを上げた。
4
「早く、今の内ですカズマ! アクアは血相変えて玄関先に飛び出して行きました、ほら摑まってください!」
めぐみんが差し出す手を片手で摑むと、もう片方の手で窓の縁を摑み上体を持ち上げる。
そんな俺の手を引きながら、俺より筋力のステータスの高いめぐみんが、抱え込むようにして部屋に引っ張った。
──遠くから、声が聞こえる。
『とうとう本性現したわねへんてこ悪魔! あんたこそ、ここで引導を渡してあげるわ!』
『やってみろやってみろ、できるものならやってみろ! これでも食らえ、バニル式──!』
そんな二人の叫びを聞きながら、
「はあはあ......はあはあ......っ!」
俺は、荒い息でめぐみんの手を摑んだまま、部屋の中にへたり込んでいた。
めぐみんが、俺の身体を抱き寄せる様な体勢でそのまま部屋の窓を閉める。
何とか部屋に侵入した俺は、そのままめぐみんと片手を繫いだまま抱き合う形で、荒い息を吐いたまま動けないでいた。
「はあ......はあ......! めぐみん、め、めぐみん、はあ......はあ......!」
「ちょっ......! カ、カズマ、息が! 息がヤバいです、抱き合ったまま私の名前を呼びながら、ハアハア言っているのは絵的にマズいですから!」
めぐみんに礼を言おうとするも、呼吸が整わず言葉にならない。
確かにこの絵はどう考えても夜這いにしか見えない気がする。
『アクア、この騒ぎは一体何事......。バニル、貴様こんな時に一体何を! この、皆がイライラしている最中に何考えて......!』
『ほう、これはこれは。いつも虐げてくれる小僧が一週間もの間いなくなり、ここ最近顔が見られない寂しさと欲求不満でイライラしていた娘よ、今宵は』
『なあああああああーっ!』
玄関先で、そんなダクネスやバニルの楽しそうな声が響いてくるが、こっちは今それどころではない。
とりあえず、息を整えてめぐみんから離れようと身を起こし。
俺の背中に回されていためぐみんの手が、背中をキュッと摑んで離さない。
......あれっ。
『いいわ、ダクネスそのまま取り押さえていて! 『セイクリッド・エクソシズム』!』
『ぐあああああっ!? バカな、こ、この我輩が......。魔力満ちたる満月の夜の、この魔力漲る我輩が、このまま滅び去るだと......!?』
『『や......、やった......!』』
遠く聞こえる騒がしい声。
そんな、他の連中がいつもの如くバタバタと騒いでいる中、こうしてめぐみんと二人抱き合っていると、何だか物凄くいけない事をしている気分になってくる。
何だか、学校で他の皆が授業を受けている中、こっそり授業をサボり、女子と二人で体育用具室とかに隠れている、そんな時の様な......。
いえ、もちろんそんな経験は無いんですが。
『フハハハハハハ! 討ち取ったと思ったか? 残念! 我輩かと思われたそれは、只のセクシーな大根でした! 残念賞としてその大根はくれてやろう、煮物にでもするがいいわ!』
『『............』』
『おっと、無言で追い掛けて来るのはなしにして頂こう! 久しぶりに美味なる悪感情を馳走になったし、既に目的は達成したのでこれにて帰る!』
『ダクネス、そっちに回って! 仕留めるの! 今夜こそ、人をからかう事を生き甲斐にしているこいつを仕留めるのよ!』
『ア、アクア、このバニルかと思って捕まえていたセクシーな大根は、ど、どうすれば......!?』
そんな楽しげな声が聞こえる中。
「お帰りなさい。お城での生活も悪くはなかったですが、やっぱりこうして皆がいて、バカバカしく騒がしいこの屋敷じゃないと寂しいですよ。もうどこにも行かないでくださいよ?」
めぐみんがそっと抱きしめながら、後ろに回した手で俺の背をポンポンと叩いてくる。
......ちょっとだけ、胸の奥がジンと熱くなった。
5
呼吸が整い、落ち着いてきた俺はめぐみんから身体を離そうとする。
......が、めぐみんが背中を摑んだまま離さない。
「お、おいめぐみん、もう何処にも行かないって。帰って来たんだからもう離して貰って大丈夫だって」
何時までも抱き合ったままだとけしからん事になる。
と、めぐみんがギュッとしがみついたままで言ってきた。
「私より力のあるダクネスの部屋から引っ張り上げてもらうとかすれば、もっと楽に侵入できたのに、わざわざ苦労して私の部屋から入って来てくれたんです。ちょっとぐらいくっついていても良いじゃないですか」
しがみついたままクスクス笑うめぐみんに、この部屋から来たのには深い意味など特になくバニルに言われたからで、引っ張り上げて貰う考えに至らなかっただけだとは今更言えない。
しかし見通す悪魔様、ご褒美ってのはコレの事でしたか。
今度大量に商品買わせて頂きます。
ところで今の俺とめぐみんは一体どういう関係になるのだろう。
以前告られたわけなのだが、アレからあんまり進展もない。
いや、エルロードに行ったりしてバタバタしてたから仕方がないのかもしれないが、もうちょっとこう何かあってもいい頃合いだろう。
アイリスとは結局何も無かったのだ、俺はこれでなかなか誠実な男だと言えるだろう。
めぐみん的にはハグするぐらいは許容範囲みたいだし、こちらからいってもいい頃合いだ。
俺は意を決してめぐみんを抱きしめ返そうと......、
「早くアクアと仲直りしてくださいね? カズマが居ない間、ずっと、『放蕩ニートはまだー? まだー?』って、毎日随分と暇そうに、ちょっと寂しそうにしてましたから」
............。
「『これは帰って来ない放蕩ニートの分』とか言って、毎日カズマの分のご飯も皆のご飯と一緒に作ってましたから。で、その余った分をダクネスが無理やり食べさせられてました」
ダクネスもとんだとばっちりだ。
そんなめぐみんの言葉に、俺は抱きしめようとした手で肩を摑む。
せっかくのご褒美で、とても良い雰囲気なのだが。
「......ちょっとあのアホとスカッとケリを付けてくる。帰って来たら、この続きを」
「しませんよ? しませんからね?」
そんな事を言いながらも何だかちょっと残念そうに。
それでいて仲間想いのめぐみんは、どこか嬉しそうな顔で。
「では、行ってらっしゃい!」
部屋を出て、アクアの下へ向かう俺の背にそんな声を掛けてくれた。
「──あーっ! 曲者よ! ダクネス、麗しい女神の屋敷に侵入者がいるわ! あの曲者を捕まえて!」
屋敷の玄関口に向かった俺と鉢合わせたアクアが叫ぶ。
出会い頭にいきなりそんな事を言いながら、足は裸足、着ている物は変な帽子にパジャマ姿という、麗しい女神もクソも無い格好で言ってきた。
俺を捕まえてと言われたダクネスは、俺とアクアを困った様な表情で交互に見ながら、
「......なあアクア。そろそろカズマとは仲直りをしたら......いたたたた! やめ、止めてくれアクア、髪を引っ張るな! カズマがいない間にやたらと私にまとわりついたり髪をいじったりと変なクセを......!」
髪を引っ張られ泣き声を上げるダクネスにアクアが言った。
「ダクネスったら、そんなにまた裏切りニートに捨てられたいの? アイリスと一緒に暮らすからって手紙をもらった時も、これがネトラレとか言ってハアハアしてたけど、皆が甘やかしたら、ただでさえダメなカズマが本当に手遅れになっちゃうでしょう? もう手遅れ気味ですけど!」
このクソ女。
「おいコラ、もうお前と口でやり合う気はないけどな、ハッキリ言うが俺はお前らを裏切ってなんていないからな。よく考えろ、俺がそんなにチョロい男だと思ってるのか? 長い付き合いのお前らよりも、アイリスを取るとでも? 俺はロリコンじゃないしそこまで薄情なヤツでもない。アイリスの事は大事に思ってはいるが、あの子はあくまで妹だ。あの年の子に本気で落とされるとでも思ってるのか?」
そんな俺の言葉に、アクアが一瞬は怯むものの、
「汝、生前はじゃんけんとゲームしか取り柄のなかった男よ。今一度、汝がなぜ死んだのか。老人相手ならば素通りしたはずの汝が、一体誰を庇ってこの世界に来たのかを思い出し、そのしょうもない自信を捨てて名乗りなさい。我こそはサトウカズマ。我こそはロリコンニートと」
「女子校生助けて何でロリコンなんだよ! 屋敷を乗っ取ったぐらいでいよいよ調子に乗りやがって、お前、今日こそは本気でぶっちめてやる!」
そんな挑発をしてきたアクアに、俺はとうとう我慢できずに吠え掛かった。
「ダクネス、守って! 危険な侵入者の手から私を守って!」
「えっ、ちょっ!? 待っ......!」
咄嗟にダクネスの陰に隠れるアクアに、俺は腕まくりしながら距離を測る。
「お前なんぞ、ドレインタッチで体力吸い尽くした後で簀巻きにして、ゼル帝の鶏小屋に放り込んでやる! 覚悟しろやあああああ!」
「掛かってきなさいよクソニート! 油断なんて一切無いこの私に、アンデッドのスキルが効くわけないでしょ? こっちは二対一なのよ、勝てると思ったら大間違いよ!」
「待っ......! 私は、まだカズマ相手に戦うとは言っていな......!」
ダクネスが言い終わるより早く、俺はアクアに襲い掛かった!
「──う......噓だろ......!」
俺はアクアに腕を取られ、絨毯の上に取り押さえられた状態で呻いていた。
押さえられた俺の隣には、紐で縛られた上にドレインタッチで体力を吸い尽くされて、白目を剝いたダクネスが転がっている。
アクアにバインドを仕掛けても魔法で簡単に解除され、物理でどうにかしようとしてもダクネスを盾にするため攻撃が届かなかった。
そうこうしている内に、魔法で身体能力を強化したアクアに取り押さえられたのだ。
しくじった、そういやこいつは基礎ステータスだけは誰よりも高いのだ。
しかもちょくちょくゴッドブローだの聖なるグーだのと、接近戦が得意そうな事も言っていた。
本当に、こういった優秀さを日頃からほんの少しでいいから発揮して欲しい。
ちなみにダクネスが転がっているのは、俺とアクアの喧嘩のとばっちりだ。
「はあ......はあ......! な、なかなか手こずらせたわねカズマ。でもこれで決着は付いたみたいね! さあ、ごめんなさいを言いなさいな! たった一言ごめんなさいを言ったら許してあげるわ!」
俺の上に乗り腕を取った体勢のまま、勝ち誇った声でアクアが言った。
そんなアクアに。
「......俺は今回、何も悪い事はしていない。アイリスの最後の願いを聞き届けたにもかかわらず記憶を消された被害者で、何一つ謝る事なんてしていない! お前、俺にも最後の手段ってものがあるからな? 宣言しよう、明日の朝にはお前は泣いて謝る事になる」
疚しい事のない俺は堂々と、何一つ恥じる事なく言い放った。
「ほー、あくまでそんな事を言い張るわけね! 穏便に済ませてあげようと思ったけれどしょうがないわね。そっちがそんなつもりなら、私にだって意地があるわ! 水の女神の名にかけて、あんたがごめんなさいを言うまで絶対に屋敷には入れないわよ! このまま外に放り出してあげるわ! 明日には、カズマの方こそ泣いて謝る姿が目に浮かぶわね!」
それを聞いたアクアは、俺にそんな事を宣言してきた。
6
翌朝。
俺は、屋敷を遠巻きに見守りながら考えていた。
漫画でよくある展開として、浮気もしてない主人公があらぬ誤解を受け、ヒロインなどに理不尽に暴力を振るわれたり。
もしくは、主人公はちっとも悪くなく、不可抗力で覗いてしまったのに、やっぱり理不尽な暴力を受けたり。
更には、主人公と付き合っているわけでもないヒロインに、主人公が他の女性に親しくされるだけで、勝手に焼き餅を焼かれ、理不尽な八つ当たりを受けたり。
これらの事は、漫画等で見ている分には良いのかもしれない。
端から見ている側には他人事であるし、それを見てニヤニヤできるのかもしれない。
だが、俺はこう思う。
「カズマさーん! カズマさーん!!」
もし俺がそんな主人公と同じ立場だったとしたなら、そんな理不尽系ヒロインには遠慮なく反撃してやろうと。
「わあああああーっ! カ、カズマさーん! カズマさーん!!」
この世には、理不尽な暴力や不当な行いに対する、ちゃんと確立された力がある。
善良なる市民はそれに頼るのは恥ずべき事でもないし、本当に恥ずべきは、理不尽な暴力を振るいながら、もしくは、理不尽な犯罪行為を行いながらも女であるから許されると思っている、こういうヤツの方だと思う。
「カズマさーん! 私、以前から思ってたんだけど、カズマさんって凄くその、そこはかとなく良い男だと思うの! そして、私達は長い付き合いなんだし話し合う事ってとってもとっても大事だなって......!」
俺は、泣きながら二階の窓からそんな事を叫んでいるアクアを指さし。
「おまわりさん、あいつです」
「不動産屋に問い合わせたところ、確かに屋敷の所有者はサトウカズマさん、あなたのようだ。ではこれより、不当に占拠された屋敷の奪還作戦を開始します」
俺は、自分の屋敷を奪った犯罪者を、市民の義務にもとづき通報していた。
「カズマさーん! カズマさーん!! わああああああカズマ様ー!!」
警察の突入を見てパニックになったアクアが喚き、俺の名前を連呼する。
「わわわわ、私はその、カズマの同居人というか、その......!」
「本当ですね? ダスティネス家のご令嬢が犯罪者の仲間だなんて、シャレになりませんよ?」
制圧された屋敷の中で、逃げ遅れたダクネスが事情聴取を受けていた。
めぐみんは屋敷が囲まれる前に危険を察知し、朝一でとっくに逃げた。
俺達の中で一番仲間想いなヤツだと思っていたのだが、勘違いだったらしい。
そして......。
「わああああああああああー! カズマ様ー! カズマ様ー! 許してくださいカズマ様ー! ごめんなさい、私が悪かったので許してくださいカズマ様ー! 謝りますからカズマ様ー!」
泣きながら謝り続けるアクアが、今まさに警察の人達の手により連行されようとしていた。
俺はそんなアクアに近付くと。
「よう水の女神様。俺はまだごめんなさいを言ってはいないが、屋敷に入ってもいいですか?」
「カズマ様ごめんなさい! これからはちゃんと言う事聞くし、今後カズマ様の事を疑ったりはしませんから許してください!」
二人の警察官にしっかりと両手を摑まれて、ズルズルと引きずられていくアクアは泣きじゃくりながら助けを乞う。
俺は、そんなアクアを見ながら。
「しょうがねえなああああああああ!」
勝ち誇ったドヤ顔で宣言した。
7
久しぶりの屋敷の広間にて、俺はいつものソファーの定位置に寝転んでいた。
「カズマ様、お茶が入りましたよー!」
ソファーの背もたれに手を回し、横柄に足を投げ出し寛ぐ俺の下に、アクアが淹れたお茶が運ばれてきた。
「ご苦労」
甲斐甲斐しくお茶を持って来たアクアに一言告げると早速それを一口含み......。
「この駄メイドが! こりゃなんだ、お湯じゃねーか! 何度も何度も言っただろうが、お前は指先がちょっとでも中身に触れでもしたらお湯になるんだから気を付けろと! やり直し! ほら早く、やり直しだ!」
「ああっ、申しわけありませんわカズマ様! 直ちに新しいお茶を淹れ直して参りますですわ!」
お湯を飲まされた俺の言葉に、アクアが妙な口調で新たなお茶を淹れに走った。
不満も見せずにノリノリなのは、新しい遊びのつもりなのかもしれない。
「丸く収まったみたいで良かったですね。私としては、なんだかんだで皆でこうして広間で寛いでいるのが一番安心しますよ」
俺の隣でめぐみんが、アクアに淹れてもらったお茶を飲みながらのんびり言った。
あいつは、他の皆にはちゃんとしたお茶を淹れてくるのに、俺に淹れるお茶だけは嫌がらせのごとくお湯ばかり持って来る。
まるで、俺に叱られる事が目的の様に。
そんなアクアの様子を少し羨ましそうに見ていたダクネスが、
「何にせよ、無事帰って来たのだからよしとしようか。......頼むから、今後は警察沙汰は控えて欲しいのだが......」
そんな事を、訴えるような視線で俺を見ながら言ってきた。
なら、こちらとしても犯罪行為をやめて欲しいのだが。
「お茶が入りましたよー!」
「ご苦労」
アクアが、いやに手早く新しいお茶を持って来た。
それを受け取り口に含むと......!
「だから、お湯じゃねーか! 学習能力が無いのかお前は!」
「ああっ! 申しわけありませんカズマ様! すぐさま新しいお茶を......!」
楽しそうに受け答えるアクアにダクネスが。
「アクア、そんなに失敗するなら私が淹れてきてやろうか。そうすればアクアもカズマにイビられることもあるまい。カズマにイビられるのは私一人で十分だ」
言いながら立ち上がろうと......。
「ちょっとダクネス、せっかくダスティネス家のメイドごっこをしていたのに邪魔しちゃ駄目じゃない」
「!?」
ダクネスの言葉に、アクアがそんな事をしれっと言った。
「おいコラ、お前ダクネスの家の変態メイドの真似したいがために、わざと毎回指突っ込んだりしてお湯に変えて持って来てたのかよ」
「違うわよ、最初からただのお湯ばかり持って来てたわよ」
「待てお前達、当家のメイド達はそんなドジっ子ではないぞ!」
ダクネスが抗議してくる中、アクアが一本のインク付きの筆を持って来る。
「カズマ様、失敗ばかりするダスティネス家のメイドたるわたくしに、罰として、これで落書きをしてくださいませ!」
「ええー......」
「だから、当家のメイドにそんな事を希望するヤツはいない!」
ダクネスの言葉を聞き流し、俺はアクアから筆を受け取ると、結果が分かっていながらもアクアの顔に落書きする。
そして、書かれるそばからインクは全て水になった。
そんな俺達の様子を眺めていためぐみんが、実におかしそうに笑っていた。
俺はめぐみんに笑い返そうとして......。
「あっ、いてててて......」
俺は、昨夜アクアに取り押さえられた時に痛めたアバラの辺りを片手で押さえる。
それを見たアクアが、あっと声を出しながら、
「昨日のヤツね。ごめんねカズマ様、今治してあげるわ。今日は特別に最強の癒し魔法でね。『セイクリッド・ハイネスヒール』!」
そんな事を言いながら、お手軽に俺に回復魔法を......。
回復魔法を......。
「........................あっ」
「どうしたの?」
アクアに魔法を掛けてもらった俺は、無意識の内に声が出た。
それを聞いたアクアが不思議そうな顔をして首を傾げ。
「どうしたのカズマ様? 一応最強の回復魔法だったんだけれど、まだ足りなかった?」
そんなアクアの言葉に、
「えっ......。ああ、いや、そんな事ないよ。ああ、ありがとうアクア、楽になったよ。それと、その、なんだ。俺達は仲間なんだしさ、その、カズマ様はそろそろ止めようか。今まで通りカズマって呼んでくれ、なんか距離感があるからな」
俺はできるだけ挙動不審にならない様に。
「......どうしたんだ急に。だが、見上げた心がけだなカズマ。『俺を一週間疑っていたんだから、今後一週間は様付しろ』というのはお前が言い出した事なのに。そうだな、仲間同士だ、仲良くすべきだな」
ダクネスが、そんな事を言いながらフッと口元を緩ませた。
めぐみんもそれにつられて笑みを浮かべ、そして......。
「............」
アクア一人が俺の顔を至近距離でじっと見ていた。
「......な、何だ?」
「............別に。私はもう、カズマの事は疑わないって言ったばかりですから」
アクアはそう言いながらも、凄く至近距離で俺を真っ直ぐ見続ける。
アクアの回復魔法のおかげだろう。
ポーションにより消された記憶を完全に取り戻した俺は、アクアの方を見る事が出来ずにいた。
どうしよう。
あれだけドヤ顔で自分は悪くないだの言いきっといて、さすがに今回は自分のクズさ加減に軽く引く。
あながち世間様の、クズマだのカスマだのというあだ名も否定できない。
汗を垂らし目を逸らす俺に不審なものを感じ取ったのか、ずっとこちらを見続けるアクア。
俺はそんなアクアを誤魔化す様に、例の手紙を取り出した。
「アクア、これを覚えているか? お前にとって手紙を読んだのは一週間前なのかもしれないが、記憶を消された俺は、ついさっき手紙を貰った様に感じている。ほら、思い出してくれ、あの時の情熱を! お前がここに帰ってきた、本来の目的を!」
そう言って手紙を渡すも、中を見ようともしないアクア。
段々いたたまれなくなってきた俺はソファーから立ち上がる。
「よし、お前ら冒険者ギルドにでも行くか! そして討伐依頼をこなそう。アクセルの街を、ひいてはこの世界を守るために!」
「........................」
勢い良く立ち上がった俺の隣で、数センチの超至近距離から、アクアがじっと俺の横顔を見続けていた。
──根負けした俺が皆に土下座をして許しを乞うのは、それから五分後の事だった。
1
昼というにはまだ早く、朝と呼ぶには遅い時間帯。
まあつまりはそろそろ昼食前の時刻なのだが。
俺は寝癖が付いた頭もそのままに、大きなあくびを嚙み殺しながら、皆が昼食の支度をしている広間へ下りた。
「おはよーう。今日の朝食は何だ? 城の生活で変わり種ばかり食べたから、しばらくみそ汁は遠慮したいんだけど」
飯を催促する俺にダクネスが、胡乱な眼差しを向けてくる。
「お前は記憶を取り戻したのだろう? だったら城でもらった子供達の手紙の事も覚えているだろうに、こんな時間に起きてどうする。もう朝食ではなく昼食になるが、今日はなんとロブスターだぞ。以前エルロードに向かった際、めぐみんが作ってくれた紅魔族秘伝のミニロブスター料理が気に入ってな。無理を言って食材から用意してもらったのだ」
嬉々として言ってくるダクネスの言葉を受けて、めぐみんに視線を向けると目を逸らされた。
本人も、まさか良家のお嬢様がザリガニ料理にハマるとは思わなかったらしく、俺を直視する事も出来ず目を泳がせている。
この世間知らずのお嬢様はその内貴族のパーティーで、小型のロブスター料理が美味かったとか言い出さないだろうな。
今の内にダクネスの勘違いを正しといた方が良い気もするが、無邪気な顔でザリガニのフライを切り分けている姿を見ると、今さら教えてやる気にもなれない。
「ま、まあいいや、確かにめぐみんの作るあの料理は美味い事は美味いからな。それより今日はどうするんだ? その......。本当に、ギルドに行くのか?」
記憶を取り戻したとはいうものの、俺はダクネス達が帰った後の、アイリスとの城での暮らしも思い出してしまっている。
そう、アイリスによる、お兄ちゃん大好きの言葉を。
それがなければ、子供達の想いが詰まったあの手紙の効果でまだまだやる気があったのだろうが......。
「私はどっちでもいいわよ。何だかカズマがいない間にちょっとだけ落ち着いたっていうか......。そうね、カズマがどうしてもクエストに行きたいっていうなら行ってもいいわ」
「俺もどっちでもいいぞ。アクアがどうしてもクエストに行きたいっていうなら行ってもいい」
多分俺と同じ気持ちなのだろう、時間が空き過ぎて冷めたアクアと二人、互いに決定権のなすり合いをしていると、それを見ていたダクネスが、ひくひくと頰を引き攣らせると手の中のフォークをバンとテーブルに叩き付けた。
「お前達二人はあの手紙を見て何も思わないのか! おいカズマ、今やお前は子供達の憧れなのだぞ!? 見本になろうとは考えないのか?」
「俺に憧れを抱くのは分からなくもないけど、ここに帰ってきて熱が冷めたら冷静になっちゃってさ。冷えた頭でよく考えたら、わざわざ危険を冒してモンスターを倒さなくても高級食材を食えばレベルは上がるし。危ない事をする必要もないかな、と......」
ダクネスはコイツはダメだとでも言いたそうに首を振り、
「なあ、アクアは子供が好きだろう? よく近所の子供達と遊んでいるじゃないか。それにほら、アクアは日頃から自分の事を女神だのと言っているではないか。確か城でもそう言っていたな! なら、魔王を倒すのはお前の仕事なのではないか?」
子供を宥めるかの様に言うダクネスに、水の女神扱いをされたアクアが警戒心を露わにした。
「そりゃあ私は水の女神アクア様ですけど......。でもおかしいわね、いつもなら私が女神なのよって言ってもちっとも信じようとしなかったクセに。ねえ、本当に私を女神様だって思ってる? 本当に女神だって信じてるなら、長く一緒に暮らしてる私の方がエリスなんかより大事よね? エリス教からアクシズ教に改宗してくれるわよね?」
こないだの俺の事で猜疑心が強まってしまったアクアが言った。
簡単に丸め込めると思っていたのか、アクアの思わぬ反撃にダクネスが少し気圧される。
「......そ、その、当家は代々国に仕えるクルセイダーだし、公の立場的にも、国教であるエリス教から改宗出来ないというか......」
「噓吐き、やっぱり信じてないじゃない! ねえダクネス、私本当に水の女神様なの! だっておかしいと思わない!? 普通の人なら息継ぎなしでずっと水の中になんていられないし、触れた液体を水に変えたりもできないでしょう!?」
摑み掛かってきたアクアに服を引っ張られ目を泳がせたダクネスは、
「そ、それは......。アクシズ教のアークプリーストは狂信的な信仰心を持ち力が強いと聞くから、触れたぐらいでも可能な気がするし、アクシズ教徒なら呼吸ぐらいしなくても死にそうもないかなと......」
「謝って! ウチの子達を人外の何かみたいに言った事を謝って! ......大体、ダクネスがこないだ見せてくれた手紙にはカズマの事しか褒めてなかったし。いい加減、アクシズ教徒が世間の脚光を浴びてもいいと思うの。具体的には私だってファンレターみたいなのが欲しいのよ」
そんなアクアの言葉に目を輝かせると、
「そ、そうか分かった! それぐらいならまた私がもらってきてやる! だから......」
そんな聞き捨てならない事を口にした。
「......おい。お前今なんつった?」
俺の指摘を受けたダクネスは、自らの口元を両手で押さえる。
もちろんそんな事でどうにかなるわけもなく。
「今、また私がもらってきてやるって言ったか? ......おいこらダクネス、あの時の手紙ってお前が子供に頼んで書いてもらったんだろ。あ?」
俺の追及に、ダクネスはバンとテーブルを叩き立ち上がった。
「それがどうした! ああ、子供達にわざわざ金を払って書いてもらったのだ! だが仕方ないだろう、あの時のお前は帰る気配すら見せなかったのだから!」
完全に開き直ったダクネスに、俺もつられて立ち上がる。
「お前、なに開き直ってんだよ! 俺は初めてのファンレターだと思って、あの手紙を今も大事に取ってあるんだぞ!」
「そ、それほど嬉しかったのか? その事に関しては悪かったと思うが......」
さすがに悪いと思ったのかダクネスが言葉を濁す。
こいつ、いつの間にやらどんどん貴族様らしい性格に......!
「昔は家の権力を使う事すら嫌がってた実直な馬鹿だったクセに、ここんところは小賢しい知恵を付けやがって! 最近は権力を使う事にためらいもないし、色仕掛けしたり脅したり、しまいにはこんな事まで......!」
そう、昔のダクネスは家の事をひた隠しにしていたのだ。
それが今では金や権力の使い方を覚え、どこに出しても恥ずかしくないお貴族様だ。
これは成長と言ってもよいのだろうか?
「そ、それもこれも誰のせいだと思っている! ああそうだ、全てはお前に影響を受けたおかげだ。私がこんなに汚れてしまったのは全部お前が悪いのだ!」
開き直ったダクネスに、俺とアクアは反撃に移る。
「最後には俺のせいかよ! ふざけんなよクソ女、お前の性根は最初会った時から大体こんなもんだった!」
「謝って! 最初にあの手紙を読んだ時、私とっても感動したのに! カズマだけじゃなく私にもちゃんと謝って!」
「そんな事よりもみんな冷めない内に食べてくださいよ。せっかくの力作なのですから」
もはや収拾を付けるどころではなくカオスという言葉が相応しいこの状況の中、玄関のドアがノックされた。
これ以上こいつらの相手はしてられないとばかりに、俺は訪問者を出迎えに行く。
「こらカズマ、話はまだ終わっていないぞ!」
「うるせーぞ性悪女め、お前はとっととザリガニ食え!」
ザリガニとはなんだと首を傾げるダクネスをよそに、俺が玄関のカギを開けると。
「ここ、こんにちは!」
「まぐ......! め、めぐみんさんは、いらっしゃいますか?」
そこには、めぐみんの妹、こめっこの手を引いた、どこかで見覚えのある二人の紅魔族の少女が立っていた。
2
「お茶ですけど」
「ど、どうも!」
「ありがとうございます!」
広間のソファーに座らされ、アクアからお茶を出された二人の少女。
そうだ、確か紅魔族の里で見た事のある、ええと......。
「それで、ふにくらとどろんこの二人は、突然私の妹を連れて来たのはどうしたわけですか?」
「あんた人の名前ぐらい覚えなさいよ! ふにふらよふにふら!」
「どろんこじゃなくてどどんこだから! さっき私が、まぐみんって言い間違えそうになった事を根に持ってんの!? ちょっと嚙んだだけじゃない!」
めぐみんの言葉で思い出した。
確か紅魔の里で、ゆんゆんやめぐみんに絡んできた二人だ。
「とまあ、この二人はふにふらとどどんこです。紅魔族の中でもあまりパッとしない、目立たない二人ですが、まあ一応覚えておいてあげてください」
「あんた、パッとしないとか一応覚えておいてあげてだとか!」
「確かに私達二人はよくセットで扱われて目立たないけど、めぐみんが悪目立ちし過ぎてるだけだから!」
めぐみんの雑な紹介に二人が叫ぶ。
「ほら、これも食べなさい。心配しなくてもたくさんあるから、ゆっくりね」
「こめっこ、後でお菓子もあるからな。だ、だからそんなに詰め込むな、見ていて心配になる」
俺とめぐみんが二人の相手をしている横では、アクアとダクネスがこめっこを餌付けしていた。
よほど腹が減っていたのか、こめっこは口いっぱいにご飯を頰張り、喉に詰まらせないかと周りをハラハラさせている。
そんなこめっこ達をよそに、知らない家に上がって緊張気味だったふにふらが口を開いた。
「久しぶりねめぐみん。あんたの妹が大変な事になってたから私達で連れてきたのよ」
先ほどふにふらと名乗っていたツインテールの気の強そうな子は、めぐみんに向けてそう言うとこめっこの方を見る。
「そうそう、めぐみんの妹っていうかあなたの家がっていうか。まあえらい事になってこの子が路頭に迷いそうになってたからさ。アクセルの街にはめぐみんとゆんゆんがいるって聞いてたから、私達は護衛としてね」
どどんこと名乗ったポニーテールの子もどうだとばかりに胸を張るが......、
「えらい事って、めぐみんの家に何があったんだ? っていうか、確か紅魔の里で少しだけ話をした事のある二人だよな?」
俺が疑問に思って声をかけると、二人は男慣れをしていないのかビクッと身を震わせ。
「あなたはめぐみんの彼氏だっけ。えっと、めぐみんとは一緒に暮らしてるの? 実はこの子の家っていうか、里全体が大変な事になっちゃってさ」
「そうそう。まあその、ちょっと言い辛いんだけど......」
口ごもる二人に痺れを切らしためぐみんが、どういう事だという視線を食事中のこめっこに向ける。
姉の視線に気付いたのか、こめっこは口の中の物をゴクリと飲み込み、
「家がボンッてなって無くなった」
脈絡もへったくれもない説明にめぐみんが固まった。
「ボンッてなんですかボンッて。もっと分かる様に言ってください」
困惑するめぐみんに、ふにふらとどどんこがどっちが言うとばかりに顔を見合わせ、
「魔王の娘が大軍を率いて、紅魔の里に攻めてきたのよ」
しばらく逡巡した後、ふにふらが言ってきた。
それを聞いためぐみんが、いつになく真剣な顔になる。
「魔王の娘というと......。そうですか、とうとう里の秘密がバレたのですか」
紅魔族の里の秘密。
元々紅魔族は、今は滅んでしまった技術大国により人工的に作り出された改造人間であり、その存在自体が秘密の塊みたいなもの。
魔王軍が襲ってきたのはそれがバレたからなのか?
しかし、紅魔族を作り出した技術大国は既に滅んだはずだ。
となれば今さら改めて襲われる理由にならないと思うのだが。
「カズマ、そんな心配そうな顔をしなくても大丈夫ですよ。紅魔族はテレポートを使える人達が多いですから、簡単にやられるはずがありません。里が焼き払われたとしても、建物なんかはすぐに魔法で復興できますし」
俺が悩んでいると、紅魔族の心配をしていると勘違いしためぐみんがそんな事を言ってくる。
「いやまあ、めぐみんの母ちゃんとかも心配ではあるけどさ。それより紅魔族の秘密ってなんなんだろうと思って。ほらお前らって、他所に封印されてた邪神を勝手に拉致ってきて自分の土地に封印したりと、危ないものを集める習性があるだろ? 世界を滅ぼしかねない兵器なんて物までお前らの里に眠ってたわけだし。それで、魔王の娘の狙いはなんなんだろうと思ってな」
正直、こいつらが今さら何を隠していても驚かない。
だから気にせず言って欲しい。
「分かりました。カズマには教えておいた方がよさそうですね」
そんな俺の気持ちを察しためぐみんは、真剣な表情で向き直った。
「実は、紅魔の里の観光名所の一つに、魔王の城が覗ける展望台があるのです」
展望台?
「そう、紅魔の里近くの山の頂上に、全てを見通すとまで言われている、強力な魔道具が備え付けられているのよ」
めぐみんの言葉を引き継いだふにふらが、同じく真剣な顔で言ってくる。
「そして、私達紅魔族はその魔道具で常に魔王の城を監視してるの。どうやら魔王の娘にその事が漏れたみたいで......」
一人困り顔のどどんこが、最後にそう締め括った。
......なるほど、魔王軍からしたら監視施設があるのは面白くない。
戦争において情報は勝敗の行方を左右する大事な要素だ。
魔王の娘は重要な監視施設を壊しておきたかったのか......。
「『そこに行けばいつでも魔王の娘の部屋が覗けます』が売りの観光名所だったのに、まさか本人にバレるだなんてね......」
「ええ、魔王軍の情報網も侮れないわね」
「お前ら今なんつった」
ふにふらとどどんこの言葉に俺は思わず待ったをかける。
「この二人が言った通りです。普段は観光名所としてお金を手に入れられ、使われない時は里のニートの癒しになる、そんな重要施設だったのですが......」
「そりゃ魔王の娘も攻めて来るだろ。なあ、前々から聞きたかったんだけど、魔王ってなんで人類と戦ってんの? 結構真面目な話、ずっと戦争が続いてるのはお前ら紅魔族とかアクシズ教徒が原因なんじゃないだろうな」
俺の言葉に思う所でもあったのか、紅魔族三人が目を逸らす。
「おい、ちょっと思い当たる節があるんだろ」
「な、なんですかカズマ、いつも私達のせいにするのはいただけませんよ。......四年に一度、紅魔族皆で遊びに行くピクニックがあるぐらいで......」
口ごもるめぐみんに、こめっこに食後のお菓子をあげていたアクアが首を傾げ、
「ピクニック?」
そんなアクアにふにふらが、
「テレポートを使える紅魔族が集まって、四年に一度、魔王の城近くでピクニックをするのよ。そこでバーベキューをした後は、紅魔族みんなで城の結界に向かって魔法を撃って撃って撃ちまくって、魔王軍が出てきたらテレポートで里に帰るの」
「お前らほんとロクでもないな、地味な嫌がらせするのは止めてやれよ! ......まあでも、事情は分かったよ。二人ともこめっこを連れて来てくれてありがとうな。このまま家で預かってればいいんだろ?」
俺の言葉にふにふら達は、ホッと安心した様に息を吐く。
「他にこの子を連れていく所が思い当たらなかったから助かります。私達はこれからやらなきゃいけない事があるので」
「うん、紅魔族たるもの、売られた喧嘩は買わないとね」
物騒な事を言いながら立ち上がる二人に、めぐみんまでもが張り切り出した。
「となればまずは、魔王の娘が今どこにいるかですね! 任せてください、殴り込みの際の最初の一撃は私が担当しましょう! ふにふら、どどんこ、行きますよ!」
「あんたが来てどうすんのよ! 私達はこれから里の皆と合流して、里に居座ってる魔王の娘にゲリラ活動してやるんだから、爆裂魔法しか使えないめぐみんは補欠よ補欠」
ふにふらの補欠という言葉にめぐみんの眉がピクリと動く。
「そうそう。私達も上級魔法を覚えたから、参加する様に言われてるの。まあ、ここで私達の活躍を指をくわえて見てるといいわ」
続くどどんこの言葉を受けて、めぐみんの瞳が紅く輝いた。
「あ、そういえばこの街にいるはずのゆんゆん知らない? あの子にも招集が掛かってるんだけど、どこ捜しても見つからないのよ」
「うん、ゆんゆんが手紙に書いてた、この街でできた友達ってのを見てやろうかと思ってるんだよね。今日あたりここに来る事は事前に手紙で書いといたんだけど......」
ゆんゆんに友達というと、ひょっとして最近よく一緒にいる姿を見かける、仮面悪魔とチンピラの事だろうか。
探しても見つからないって事は、見栄を張って友達が出来たと言ってみたものの、あの連中にだけは会わせたくないから逃げ回ってるんじゃあ......。
「──そ、そういえば。ねえめぐみん、ところで聞きたい事があるんだけど」
魔王の娘と戦う前に、これだけは聞いておきたいとばかりにふにふらが。
「ゆんゆんからの手紙には、アクセルの街で出来た友達の中に、男友達もいるって書いてあったんだけど。......その、あの子に友達なんていないわよね? 見栄を張ってんのよね?」
「そ、そうだよね。ゆんゆんに私達以外の友達ができるだなんてあり得ないしね! めぐみんだけじゃなく、ゆんゆんにまで先を越されるなんて事は......」
そんな二人にめぐみんは、さも当然といった様子で。
「あの子の男友達というと、まずはここにいるカズマでしょうか。後は......近所の女の人にモテモテだと噂のバニル、この街で知らない者はモグリ扱いされる金髪の冒険者、ダスト......」
一人一人名前を挙げて指折り数えるその姿に、ふにふらとどどんこの顔が引き攣った。
「は、ははっ! まま、まああの子にしてはやるじゃん。こっちは紅魔の里と違って人多いしね! 変わり者の一人や二人、そりゃあいるわよね!」
強気に開き直ったふにふらに、次いでどどんこも自らを納得させる様に追従する。
「そそ、そうそう! それよりめぐみん、そっちの人とどうなのよ? 以前紅魔の里で会った時色々言ってくれたけど、後々よく考えてみたらおかしいのよね。めぐみんがあんな風に惚気話をするなんてあり得ないもの。ほんとのところを言いなさいよ、一緒にお風呂に入っただの布団でもぞもぞしただの言ってたけど、どうせ事故みたいなものなんでしょ?」
だがその質問は今はマズい。
しかも、ちょうどアクアとダクネスが、デザートを食べ終えたこめっこを連れて、台所で歯磨きをさせている。
ここにいるのは俺達四人。
となれば──
「どうなのよ、とは......。その......」
めぐみんが、俺の方をチラリと見ては顔を赤らめ、口ごもりながら俯いた。
おかしい、本来のこいつならこんな殊勝な態度は見せないはずだ。
「噓でしょ......。ね、ねえ噓よね? その乙女な反応はなんなのよ......!」
「いや......。いやよ、めぐみんに負けるだなんて......。こんな、常に何考えてるのか分からなくて、一番色恋沙汰とは無縁だっためぐみんに......!」
ジリジリと、玄関の方に後ずさる二人の紅魔族。
まるでこの世の終わりでも見たかの様な、青い顔をした二人に向けて、めぐみんが恥ずかしそうに頰を搔き。
そして、困った様な表情で、ポツリと言った。
「私の両親には、まだこの事は内緒にしておいてください」
「ああああ、あんたに負けただなんて!」
「思ってないからあああああああ!」
泣きながら逃げる二人を見送りながら。
めぐみんは、勝ち誇った様にヘッと笑った──
──二人を見送った俺達は、この家に同居する事になったこめっこの身の回りの小物を買い出しに街へと出かけ、一通りを買いそろえて帰宅。
家に入ったアクアが、自分の特等席だとばかりにソファーの上へと身を投げ出した。
その腕の中では、旅をしたり城に住んだりしたせいで、このところ構われなかったちょむすけが抱かれ、解放しろとばかりにもがいていた。
「さて。こめっこは私と同じ部屋に寝泊まりするといいでしょう。しばらく会えなくて寂しかったでしょうから、久しぶりに一緒に寝ましょうか」
「姉ちゃんはさびしんぼ」
「こ、こめっこ!」
一緒に寝ようと誘っためぐみんに辛辣な言葉を吐きながら、こめっこはアクアに抱かれて抵抗中のちょむすけをジッと見る。
「うまそう」
「こめっこ、この家ではご飯はたくさん出ますから、鶏小屋にいるゼル帝とちょむすけは食べてはいけませんよ!?」
どことなく不安気なめぐみんに、こめっこは口元のよだれを拭うとこくりと頷く。
「もっと太ってから食べるんだね」
「違います、違いますよこめっこ! あの二匹はこの家のペットです!」
容赦のないこめっこの言葉に、アクアは警戒する様にちょむすけを抱き、どことなく身を引いている。
「さて、それじゃあ折角だしこめっこの歓迎会でもしてやるか。お兄ちゃんが美味しい物をたくさん食わせてやるからな」
「お兄ちゃんカッコいい!」
無邪気に喜んだこめっこは、ひとしきり喜んだ後メモ帳の様な物を取り出した。
「それは何を書いているのですか?」
めぐみんが何かを書き付けているこめっこの隣からそれを覗き込み......、
「○月×日。ねえちゃんのおとこがえづけしてきた。ねえちゃんからわたしにきりかえたらしい......こめっこ! 男だの餌付けだの誰にこんな事を教わったのですか!」
こめっこのメモ帳を取り上げながらめぐみんが激昂した。
「ぶっころりー」
「あのニートですか! 本当にニートというのはロクなのがいませんね!」
何だろう、冒険者である俺はニートじゃないから関係ないはずなんだがめぐみんの言葉が異様に刺さる。
「それより、これは何なのですか? 日記ですか?」
「母ちゃんが、姉ちゃんの男とその周りであった事、これに書けって」
こんなところにまさかの密告者がいた。
3
翌日。
たっぷり昼まで寝た俺は、朝食兼昼食を摂ろうと階下に下りた。
「姉ちゃん、おかわり!」
「こめっこ、この家にいる間はいつでもお腹いっぱい食べられます。ですから、毎日そこまで無理して食い溜めしなくてもいいんですよ?」
そこでは、立ち上がってトントンと何度もジャンプし、少しでも胃に隙間を空けようとするこめっこと、そんな妹を心配するめぐみん。
そして──
「ねえダクネス、なんだか今日のお昼ご飯がしょっぱいの......」
「うっ......、涙で前が見えない......」
そんなこめっこを見て涙を零し続ける二人。
どうやら、貧困児童であるこめっこの姿にもらい泣きしている様だ。
「だってこんなに食べられる事なんて滅多にないもん」
「それはそうかもしれませんが、姉としてはちょっと恥ずかしいのです。ほら、デザートのプリンもありますから」
「ひゃほう!」
デザートと聞いて喜ぶこめっこに、アクアが少し悩んだ後自分のプリンをこめっこの方にスッと出す。
日頃食い意地の張ったこいつからは考えられない行動だ。
「お姉ちゃんはもうお腹いっぱいだから、これはあなたが食べなさい」
「いいの? プリンは誕生日にしか食べられない高級デザートなのに食べないの?」
こめっこはそう言いながらも、差し出されたアクアのプリンから視線を逸らせず、見かねたダクネスとめぐみんも自分のプリンをこめっこの前へスッと寄せた。
「こめっこ、私達は今やこの国で最も活躍している冒険者パーティーなのです。お金にも困ってませんし心配する事はありません。明日は洗面器いっぱいのプリンを食べさせてあげますから、今日はみんなにお礼を言ってそれを食べなさい」
「ありがとございます」
大切そうにプリンを摑み、まるで高額な宝物でももらったかの様に深々と頭を下げるこめっこに再びアクア達が目頭を押さえるハメになる。
と、そんな一連の流れを見ていた俺にめぐみんが気付いた様だ。
「おや、起きてきたのですか。カズマも食事にしますか?」
「ああ、俺にも頼む。......なあめぐみん、金に困ってるなら相談しろよ? お前は基本的にクエスト報酬の大半を俺に預けてるだろ。毎月そこから、食費と雑費と小遣いしか受け取らないじゃないか。お前の取り分はちゃんと別に分けてあるんだからな?」
そう、こいつは基本的に日頃から金を欲しない。
たまに質のいいローブがあっただの格好いいアイテムがあっただのと騒ぐだけで、確か身に付けている装備の中で最も高価なのが、昔キャベツ狩りの報酬で買った杖のはずだ。
こないだだって、めぐみんから財布を預かった時も、クーポンでパンパンな財布の中身を見て、なんとも言えない気持ちになったとこなのだ。
「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ、これでも毎月のお小遣いの中から実家に仕送りまで出来ているのですから。というか、これ以上の大金を仕送りしたとしても父が魔道具製作に注ぎ込んでしまうでしょうし」
「あのおっさんも意外とロクでもないな」
そんな事を言いながら、俺が皆より遅めの食事を摂っていると。
「姉ちゃん。やっと姉ちゃんの男が起きてきたけど、今日は冒険者ギルドに行くの?」
「こめっ......!? こ、こめっこ! その、姉ちゃんの男だとかそういった言葉を使うのは止めなさい!」
そんな騒がしい姉妹を微笑ましく眺めながら食後のお茶を啜っていたアクアはふと気付いた様に。
「そういえば、こめっこちゃんは冒険者ギルドに行きたいの? あそこに興味があるのなら、顔の広いお姉ちゃんが連れてってあげましょうか?」
「そうだな。元はといえば初心に返ってクエストをこなす目的で帰ってきたのだ。良いクエストがないか探すついでに、ギルドにこめっこを連れて行ってやるのもいいかもしれんな。しかし、冒険者ギルドに何をしにいくのだ? あそこは遊ぶ所ではないぞ?」
さっきから何かと甘い二人に向けて、
「冒険者ギルドに行って、姉ちゃんのすごいとこが見たいから」
こめっこが、そんなよく分からない事を言ってきた。
だがそれに思い当たる何かがあるのか、めぐみんがビクリと身を震わせる中。
「姉ちゃんから最近もらった手紙に、冒険者ギルドではみんなが姉ちゃんにあこがれてて、姉ちゃんを一目見ただけで敬語を使って頭を下げるって書いてあった」
こめっこが聞き捨てならない事を言ってきた。
シンと静まり返る中、俺はポツリと。
「おい」
たった一言のツッコミに、めぐみんがさらに身を震わせて立ち上がる。
「こめっこ、ちょっと庭で遊んで来るといいです! あそこの鶏小屋にゼル帝がいます。それとちょむすけと遊ぶのも久しぶりでしょう、この子を連れて、ゼル帝に餌をあげてきてください!」
「わかった! 太らせてくる!」
窓際で日なたぼっこをしていたちょむすけを躊躇なく生け贄に差し出すと、表情を引きつらせためぐみんは、こめっこを見送り息を吐く。
そのままこちらを見ようとしないめぐみんに、俺はもう一度ツッコんだ。
「......おい」
「違うのです!」
バッと振り返っためぐみんは、素早くその場に正座するとまず否定から入ってきた。
何が違うのか分からないが、まあどんな言いわけが飛び出すのか聞いてやろうか。
俺達が腰を落ち着けると、昔を思い出すかの様に遠くを見る目をしためぐみんは。
「聞いてください、これには深い事情があるんです。......そう。アレは、まだ私が紅魔の里を出たばかりの事でした......」
そう言って、なぜそんな話になってしまったのかを語り出した──
「──ちっとも深くないじゃないか」
聞いてみればなんて事はない、家族に送る手紙でちょっぴり見栄を張っただけらしい。
というのも、めぐみんがちゃんと生活出来ているかを両親が心配するので安心させようと大げさに言ったのだとか。
そういえば昔、紅魔族の里に行った時もこいつの両親が大げさな事を言っていたな。
「仕方ないじゃないですか。あまり親に心配をかけて、もし迎えに来られたらどうするのですか。カズマも私が連れ戻されては困るでしょう?」
開き直っためぐみんがバッと立ち上がり、どうだとばかりにバサッとマントをひらめかせる。
「いやまあ、そりゃあ......。......んん? めぐみんが連れ戻されると......?」
困るか?
「おい」
悩む俺に詰め寄るめぐみん。
「私はめぐみんがいなくなったら困るわよ!? だって家事当番の表を作り直さないといけなくなるし、負担だって大きくなるからね! それに、ゲームの相手だって減っちゃうし!」
慰めているつもりのアクアのトドメに、絨毯に手を突いて落ち込むめぐみん。
そんなめぐみんをダクネスが、フォローするかの様に背を撫でて、
「ま、まあそれは置いておいて。こめっこには本当の事を話すしかない。どうせこんな噓はすぐバレる、今のうちに白状しておいた方がスッキリするぞ?」
その言葉に、俺達がうんうんと頷く姿を見て、
「で、ですが、姉としての威厳が! ......いえ、ダクネスの言う通りですね。そもそも手紙で私達の活躍を誇張して報告したのは両親を安心させるためです。昔はまだまともな報告をしていたのですよ? ですがあまりに母が心配するものですから......。今となっては、こうして皆で屋敷も構え、大げさでもなんでもなくちゃんと大活躍してますからね。今更連れ戻される事もありませんので、こめっこにはちゃんと打ち明けましょう」
決心が付いたのか、どことなくスッキリした顔をしためぐみんはそう言って笑顔を見せた──
「──こめっこ。......実はあなたに大事な話があります」
ひとしきり遊んで満足したのか、泥だらけになって屋敷に帰ってきたこめっこをソファーに座らせ、対面に腰掛けためぐみんは真剣な面持ちで口を開いた。
その言葉を受けてハッとした表情を浮かべたこめっこは、
「明日食べさせてくれるって約束してた、洗面器プリンは出ない......?」
「そんなしょうもない話ではありません、プリンは出ますよ! それよりもっと大事な事です!」
プリンは出ると言われホッと息を吐いたこめっこに、
「こめっこ。私達は、この街においてとても凄い冒険者パーティーであると手紙に書きましたね?」
めぐみんが意を決した声を発した。
「うん。姉ちゃんはどんなモンスターも一撃でやっつけるすごい魔法使いで、街の冒険者達にとても尊敬されてて......」
「そう。その部分なのですが......」
淡々と述べるこめっこに、めぐみんは一つ頷くと。
「それで金髪のお姉ちゃんは、どんなモンスターが相手でも絶対に逃げない上に、どんな攻撃にも耐える頼りがいのあるかっこいいクルセイダーで、青髪のお姉ちゃんはどんな悪魔やアンデッドにも負けない、死んだ人すら生き返らせられる女神様みたいなアークプリーストで」
さらに続けるこめっこに、それを聞いためぐみんが慌てて立ち上がる中、
「姉ちゃんの男は運が良くて賢くて色んな強敵を倒したすごい人で、口では面倒くさいと嫌がるけど、仲間が本当に困った時はほっとけない、すごく優し」
そこまで言ったこめっこは、めぐみんに口を塞がれた。
「こめっこ、一々口に出さなくていいんです! というか、実はその事についての話なのですが......」
若干顔を赤くしためぐみんが、打ち明けようとしたその時だった。
「あれね、さすがはめぐみんね。女神様みたいな、じゃなくて本物の女神様なんだけど分かってるじゃないの。ええ、あなたのお姉ちゃんが言ってる事は噓じゃないわ」
口元を緩めまくったアクアが、満更でもなさそうな声で。
「う、うむ。まさかめぐみんがその様に思ってくれていたとは驚きだが、まあ噓ではないな。ふ、ふふっ......。頼りがいのあるかっこいいクルセイダーか......」
それに続いてダクネスまでもが口をにやけさせたまま言う中で、
「な、なんですか二人とも!? いえ、違うんですこめっこ! 私が言っていたその話なのですが......!」
慌てためぐみんが言い終わる前に、俺はこめっこにキッパリ告げた。
「大体合ってる」
4
皆で冒険者ギルドへ行く道すがら。
こめっこを連れた俺達は、めぐみんから小声で文句を言われていた。
「なぜ余計にややこしくなっているのですか。私はもう、ちゃんと打ち明けてこめっこに呆れられる覚悟も出来たのですが......」
ひそひそと囁いてくるめぐみんに、
「まあ落ち着けめぐみん。というかさっきのこめっこの説明だが、別段どこもおかしくないんじゃないかな? まあ、ほんのちょっぴり誇張もあった気もするが、誤差の範囲だ」
「そうね、まあほんのちょっぴりだけね。ていうか手紙では伝わりにくい事だってあるし、誤差とすら言えないんじゃないかしら」
そんな事を返す俺達の前には、こめっこが迷子にならないよう手を繫いで上機嫌に歩くダクネスの姿が。
「金髪のお姉ちゃんはとても力があって、爆裂魔法にも耐えるほどすごいの? 大悪魔に取り憑かれても乗っ取られないぐらい強いの?」
「ああ、確かにそんな事もあったな。うん、まあ、うん......。まったく、めぐみんはそんな事まで書いたのか。まあ事実なのだがな」
「かっこいい!」
どうやら日頃あまり褒められ慣れていないダクネスは、こめっこから自分の評判を聞き出している様だ。
見た目の活躍が地味なガード職のため認められるのが嬉しいらしい。
「ねえ、私は? 私の事をもっと教えてちょうだい?」
同じく日頃褒められ慣れていないアクアが、そんなこめっこの後を付いて行きながら尋ねている。
......後で、普段俺の事をなんて書いてるのか聞いてみよう──
──結構な広さのある冒険者ギルドにめぐみんの声が響き渡った。
「話があります!」
中に入るなりそんな事を叫んだめぐみんに、冒険者達の視線が集まる。
こめっこをダクネスとアクアに任せ、俺とめぐみんは冒険者達に事情を説明するため、一足先にここに来ていた。
「ちょっと聞いてくれ。実は皆に頼みたい事があるんだよ」
皆の注意を惹いている間に、俺は事情を説明した。
現在めぐみんの妹が家に滞在しており、俺達の活躍が色々と誇張されて伝わっている事。
冒険者ギルドではめぐみんが一目置かれており、尊敬の対象となっている事など。
「話を合わせてくれるだけでいいんだ。その代わりと言っちゃなんだけど、めぐみんの妹が滞在してる間、皆の飲み代ぐらいは任せてくれ、俺の奢りだ」
奢りというその言葉に何人かの目が輝いた。
しかし、子供相手に噓を吐くのを良く思わないのか、乗り気ではなさそうな者も多くいる。
「アホな事をさせて悪いとは思ってる。でも、どうか頼むよ」
そんな連中に向けて、俺は深々と頭を下げた。
「カ、カズマ......!」
それを見ためぐみんが、言葉を失い立ち尽くす。
めぐみんはやがてフッと微笑むと、
「私のためにそこまでしてくれなくていいですよ。やっぱりこめっこには、もう素直に打ち明けましょう。姉としての威厳なんかより、カズマが恥ずかしい思いをしない事の方が大事ですから。皆も、今のは聞かなかった事にしてください。変な事に巻き込みそうになって、すいませんでした」
そう言って、ギルド内の冒険者達に頭を下げた。
......と、その時だった。
「水臭い事言うなよめぐみん。俺は話を合わせても構わないぜ。カズマには何だかんだで奢ってもらったりしたからな」
それは、ギルドで何度か一緒に酒を飲んだ事のある、見覚えのある冒険者の声。
「そういえばあたしもこの街に来たばかりの頃、カズマさんに助けてもらった事があったわね。ご飯を奢ってもらいながら、冒険者の心得を教えてもらったっけ。借りを返すならちょうどいいわね」
それは、俺がベテラン冒険者のフリをしたくて、適当に捕まえ、飯を奢る代わりに先輩風を吹かせた新人の女冒険者。
「ま、確かにカズマ達は魔王の幹部を何度も倒してるエースだからな。別に大げさってわけでもねえよ。めぐみんに敬語、だったか? いいぜ、そのぐらい。お前らには大物賞金首との戦いで散々稼がせてもらったしよ」
それは、俺がよく知る顔馴染みの冒険者。
そんな冒険者達の姿に、めぐみんは今にも泣き出しそうな、それでいて少しだけ嬉しそうな表情で、
「あの......。ありがとうございます。でも私のちっぽけな見栄のために、そこまで言ってくれる皆に噓を吐かせるのは心苦しいです。なので、その気持ちだけで......」
ぺこりと皆に頭を下げて、めぐみんが言い掛けたその時だった。
冒険者ギルドのドアがバンと開けられ。
「ほら、ここがアクセルの冒険者ギルドよ! 駆け出し冒険者の街だから皆レベルも低くて弱っちそうだけど、物欲しそうにウロウロしてるとおつまみをくれたりお酒を奢ってくれたりする、優しい冒険者が多いのよ!」
褒めているのか貶しているのか、よく分からない事を言いながら中に入ってきたアクアに皆の視線が集まる中、ダクネスに手を引かれながら同じくギルドに入ってきたこめっこが、
「でも姉ちゃんは、この街の冒険者はすごいんだって言ってたよ」
ギルドに響く大声で、
「魔王の幹部のベルディアにも、デストロイヤーにも、クーロンズヒュドラにも逃げずに向かっていった、凄く勇気のあるかっこいい人達だって!」
満面の笑みを浮かべながら、堂々と言い放った。
それを聞いた冒険者達の視線が一斉にめぐみんに集まるも、当の本人は耳まで顔を赤くして、帽子を深くかぶり誰とも目を合わせようとしない。
そんな姉の様子に訝しむ事もなく、こめっこが近くにいた一人の冒険者にキラキラと憧れの眼差しを向け。
「すごいね!」
「そ、そうかい? まあ凄いのかもな。他の街の冒険者なら逃げ出してただろうしな。でもお前の姉ちゃんはもっと凄いからな!」
ニマニマと口元を緩めながら答える冒険者に、めぐみんが驚きバッと振り向く。
更にはその隣にいた女冒険者が満更でもなさそうな顔で、
「まあ、あたし達はレベル自体は低いけど? でも冒険者の心意気ってやつじゃ、他のどの街の冒険者よりも上かもね? まあそんなあたし達も、めぐみんさんには敵わないけど!」
「かっこいい!」
「ちょっ!?」
焚き付ける女冒険者を止めようとめぐみんが慌てて声を上げるが、他の冒険者達も我も我もと後に続いた。
「めぐみんさんの言う事は何も間違っちゃいねえよお嬢ちゃん。この街の冒険者は勇敢なんだ。俺なんざベルディアの野郎に突っ込んで行って殺されたもんさ、へへっ、街を守るためとはいえ、あれは我ながら無謀だったな......。まあ、めぐみんさんの無鉄砲さには負けるがな。お前の姉ちゃんはあのベルディアと一人対峙したんだぜ?」
こめっこから尊敬の眼差しを受け、口元がにやけた冒険者の言葉に、めぐみんが何かを言いたそうにしながらも言葉に出来ず。
「世界中の国々に恐れられたデストロイヤーがアクセルに来るって言われた時は、さすがの俺でも思わず震えがきたもんだ。でもその時思ったんだよ。散々世話になったこの街を、絶対に守ってみせるってな。ま、そんなデストロイヤーも、めぐみんさんの爆裂魔法の前に敗れ去ったんだがな。ああ、ちなみにそん時の戦いで付いたのがこの傷だ......」
額に傷を持つ男の話にこめっこが目を輝かせて聞き入り。
「クーロンズヒュドラとの戦いを思い出すぜ、あれは本当に凄まじかった......。本来なら王都の騎士団が出向くレベルの相手なんだが、王都の連中は魔王軍から手が離せねえ。となりゃ、俺達がなんとかするしかないからな。なに、怖くなかったのかって? はっ、そんな感情は母ちゃんの腹の中に置いてきちまったよ。ヒュドラ? ああ、アイツならめぐみんさんがトドメを刺したさ!」
また別の冒険者の武勇伝に、めぐみんとこめっこを除いたその場の誰もが、うんうんと深く頷いた。
「姉ちゃんもみんなも、とってもすごいね!」
こめっこの無邪気な褒め言葉に冒険者達が笑み崩れる中、めぐみんが戦慄の表情を浮かべ、魔性の妹......と謎の言葉を呟いた。
5
「ほら嬢ちゃん、これも食べな。アクセル名物カエルの唐揚げだ」
ギルド中央のテーブルで、強面の冒険者がこめっこの前に皿を置く。
「バカね、子供はハンバーグの方が好きに決まってるでしょ? ほら、こっちのカエルハンバーグを食べるといいよ」
隣にいた女冒険者が、それに対抗する様にハンバーグが載った皿を置いた。
賢く、人たらしの幼女は満面の笑みを浮かべると、
「両方食べる!」
そんな百点満点の答えを出した。
「──なんという事でしょうか、我が妹ながら末恐ろしいですね。将来男を誑かす悪女にならないか心配です」
チヤホヤされるこめっこを遠くから見守りながら、めぐみんが俺達にだけ聞こえる様に小さく呟く。
「そもそも姉のお前が男をダメにするタイプの悪女だもんな。いつも良いとこでお預けにするし......いたたたた!」
余計な事を口にしてしまった俺がめぐみんに脇をつねられていると、受付のお姉さんがニコニコしながらこめっこに近付いていくのが見えた。
アイスクリームが載せられた皿を手にしている事から、お姉さんもこめっこの魅力にやられたのかと思っていると様子がおかしい。
リスの様に頰を膨らませ、無言で飯をがっつくこめっこ。
お姉さんは、そんなこめっこの後ろに立つと、
「すいません、ちょっといいですか?」
ニコニコと笑みを浮かべたまま、紙束を取り出した。
その内の一枚を、傍にいた冒険者に手渡すお姉さん。
「ルーシーズゴーストの討伐依頼? あれ? 確かこれって......」
その冒険者の呟きに、そこにいた者達が顔を見合わせる。
お姉さんが持ってきた紙束の正体はモンスターの討伐依頼書だった。
しかも、冒険者の間で俗に塩漬けクエストと呼ばれている、誰もやりたがらずに放置されていた依頼ばかりである。
それを見て、アクアが顔をしかめながら駆けよってきた。
「カズマさんカズマさん。私何だか嫌な予感がするの。これは厄介ごとを押し付けられる流れよ」
「奇遇だなアクア。実は俺もそう思ってた」
遠巻きから眺めていた俺は、危険な空気を感じ取りその場から少しずつ後ずさる。
俺達がいつでも逃げられる準備をしていると、受付のお姉さんは笑顔のまま、二人前の飯を食べ終え椅子から動けないこめっこに。
「こめっこちゃんって言ったわね? デザートにアイスクリームをあげるから、お姉さんの話を聞いてもらえないかしら?」
「聞きます」
あれだけ食べたにもかかわらず即答するこめっこの前に、お姉さんはアイスの載った皿をそっと置く。
「実は、ルーシーという名の元プリーストの女の人が、ある事件を切っ掛けにゴーストと呼ばれるモンスターになってしまい......。それで、廃墟になった教会で今もなおこの世をさまよい続けているの。ねえこめっこちゃん。このゴーストになったお姉さん、かわいそうだと思わない?」
「思います」
こめっこは与えられたアイスを頰張りながらも律儀に返す。
そんなこめっこにうんうんと頷くと、
「そうよね、こめっこちゃんもそう思うわよね? でもね、安心して。ここにいる凄い冒険者の皆さんが、スパッと解決してくれるから!」
「「「「えっ!?」」」」
お姉さんの勝手な言葉に冒険者達がギョッとする。
「お、おいルナさん、あんた一体何を言って......」
「解決してくれますよね?」
近くにいた冒険者がお姉さんに言い掛けるも遮られ。
お姉さんの隣で、居並ぶ冒険者達にキラキラと憧れの視線を送るこめっこに、やらないと言える者はいなかった──
「──よし、巻き込まれない内に俺達はとっとと帰るぞ。見ろよあの受付のお姉さんの満面の笑みを。誰もが引き受けたがらなかった依頼が解決できそうなおかげでご機嫌だ」
親指でくいっと指したその先では、依頼書を手にした冒険者達が、あーでもないこーでもないと唸っている。
俺の言葉に誰一人として反対する事なく、俺達はそろそろとギルドの入り口へ移動していた。
ルーシーズゴースト。
アクセルの街近くの山の麓に廃墟と化した教会が建っている。
そんな場所に佇むその教会はアクシズ教でもエリス教のものでもない。
どんなマイナーな神なのかは知らないが、ルーシーはその神様の最後の信者だったそうだ。
この世界の神様というものは、信者の信仰心を力としている。
それはつまり、この世に自分の信者が一人もいなくなれば力を失い消えてしまうという事。
敬虔な信徒であったルーシーは、自らが崇める神を絶やすまいと、死してなおこの世に留まり、今もなお神を敬っているのだ。
ゴーストに成り下がってなお祈り続けるひたむきな信仰心と献身に、真面目で徳の高い聖職者ほどルーシーを祓う事を嫌がる。
そして元聖職者でもあるルーシーは、ゴーストながらに神聖魔法に対する強い耐性も持っていた。
そんな存在を祓うとなれば、よほど強い力を持つプリーストでなければならず、それは当然の事ながら、信仰心が厚く徳の高い者に限られてくる。
その様な矛盾から、未だルーシーは祓われる事なく、教会跡地に留まっていた。
「ルーシーを祓うには強い力を持つプリーストが必要だ。それでいて、信仰とは無縁の破戒僧である事。この条件に合うプリーストなんているか?」
「破戒僧ならたくさんいるが、強い力を持つプリーストってのがネックだよなあ。この街のプリーストは金に汚いのが多いせいか、腕はへっぽこばかりだし」
「アクシズ教徒は? アクシズ教徒のプリーストならルーシーを祓う事にも抵抗なんてないんじゃないか?」
そんな冒険者達の声を背にギルドの入り口に着いた俺達は、できるだけ音を立てない様にそっとドアを......。
「カ、カズマ、カズマ......」
めぐみんの怯えた声に、嫌な予感を覚えながら振り向くと......。
皆の視線はアクアの下に集まっていた。
6
翌日。
朝早くから街を出た俺達は、アクセルの北に位置する山の麓を目指していた。
「なあアクア。クルセイダーである私が言うのもなんなのだが、本当にルーシーを祓ってしまうのか? 正直、あまり気乗りしないのだが......」
昨日はあの後、結局俺達がルーシーズゴーストを担当する事になった。
俺達に体よく押し付けた冒険者達だが、塩漬けクエストはまだまだ残っていたらしく、安心していた連中も他の依頼を押し付けられている。
ちなみにこめっこは、そこにいれば皆が餌をくれると認識したのか、朝から冒険者ギルドに居座っていた。
「何言ってんのよダクネス、ルーシーがこの世に留まってる理由は聞いたでしょう? 家に住んでる冒険話が好きな寂しがりの地縛霊とは違うの。その内満足して勝手に天に還る子ならほっといてあげてもいいけど、ルーシーはきっと永遠にこの世に残り続けるわ。なら、それを強制的にでも還してあげるのが私の役目よ」
こいつは一体どうしたんだ。
珍しく女神らしい発言をするアクアに皆が驚いていると、それに気付かずアクアが続ける。
「それに、どこのマイナー神かは知らないけれど、ライバルは少ない方がいいに決まってるわ。最後の信者を天に還してマイナー神には退場してもらいましょう」
「お前本当にロクでもないな。ちょっとだけ感心した俺に謝れ」
そんな事を言い合いながら歩いていると、やがて小さな教会らしき廃墟が見えてきた。
「あそこね、マイナー神が祀られている教会は! 傀儡と復讐の女神だか何だか知らないけれど、今すぐルーシーと一緒にサクッと消滅させてあげるわ!」
「俺もダクネスと一緒で、あんま気乗りしないなあ......。消えちゃう神様が女神だって聞いたらなおさらだよ、迷える幽霊を楽にしてやる事自体はそこまで抵抗ないんだけどさあ......」
俺がこぼす愚痴を聞き流し、アクアが鼻息荒く嬉々として教会に向かう中、めぐみんがふと足を止めた。
「......アクア、今なんと言いましたか? 傀儡と復讐の女神と言いませんでしたか?」
「言ったけどどうしたの? 受付の人に教えてもらったのよ。ルーシーズゴーストは傀儡と復讐を司る女神を信仰していて、今もなお、たった一人で祈りを捧げ続けているって」
それを聞いためぐみんが、俺の服の裾をくいくい引っ張り。
「カズマ、ちょっといいですか? 話があります」
「どうした? 傀儡と復讐の女神って、なんか格好良くて消滅させるのが惜しいから、ルーシーは見逃そうとか言い出すなよ?」
俺が冗談めかして言った言葉に、めぐみんがビクリと身を震わせ。
「......い、いえ。まあ確かに傀儡と復讐の女神はカッコいいとは思いますが、実はその女神、私とちょっとした縁がありまして」
「お前、邪神だの女神だの、どうしておかしな知り合いばかりいるんだよ。そういうのはアクアだけで十分だぞ」
俺が呆れながらも続きを促すと、めぐみんは明後日の方を見ながら言った。
「カズマは、以前私の故郷である紅魔の里に来た時の事を覚えていますか?」
「ああ、覚えてるよ。忘れられるわけがないだろ、あんな濃い場所を。めぐみんと同じ布団で寝ようとしたり、シルビアに押し付けられたり......」
「同じ布団で云々は思い出さなくていいんです! そうではなくてですね、紅魔の里には様々な観光名所があったじゃないですか」
「あったな。猫耳神社だの聖剣が刺さった岩だの。それがどうした?」
めぐみんは、言うべきか言わざるべきかとしばらく悩み。
そして......。
「他にも『邪神が封印された墓』と『名もなき女神が封印された土地』というものがあると話した事があったと思います」
「ああ、何かちょっとだけ覚えてるよ。確かどっちも封印が解けたんだっけ? その邪神が封印された墓ってとこに、あのウォルバクって魔王の幹部が閉じ込められてたわけか。それで?」
「ええ、邪神の封印は子供の頃の私が解いてしまったのですが、それはもう時効みたいなもんですし、まあいいとして。問題は、名もなき女神の方なのです」
「時効っていうけど、世に邪神を解き放ったのはどうかと思うけどな」
めぐみんは、思わずツッコむ俺に構わず、まるで世間話でもするかの様に。
「......そう、あれは私が爆裂魔法を初めて覚えた時の事でした。襲いくる邪神の僕を撃退するため、私はこめっことゆんゆんを守りながら爆裂魔法を放ったのです」
「おい誤魔化すなよ、ちゃんとこっち見ろ」
こちらを見ようともしないめぐみんは、独白の様に話を続けた。
「まあ簡単に言っちゃいますと、私が爆裂魔法を放った場所が名もなき女神とやらが封印されていた土地でして。そこに封印されていた傀儡と復讐の女神が解放されて、どこかに逃げちゃったんですよね」
「何言ってんの? お前、本当に何言ってんの?」
スッキリした顔で、
「ルーシーが崇めている神は、今までずっと紅魔の里に封印されていた女神の様です。里から逃げ出して既に二年近くが経っています。きっとルーシー以外にも新たな信者が出来ている事でしょう。なので、遠慮なくルーシーを祓えますよ。女神が消滅する事はありませんとも!」
そんな事を打ち明けられた俺はどうすりゃいいんだ。
「お前ら紅魔族はなんなんだ? 他所から勝手に邪神を持ってきて封印し直し観光名所にしたりだとか、自由過ぎるにも程があるだろ。もっと遠慮して生きろよ!」
というか、こいつら紅魔族を作ったと言われるヤツをぶん殴ってやりたい。
......まあしかし、ルーシーがいなくなってもその女神様が消滅しないというのは理解した。
となると残るネックは相手の持つ強い聖属性耐性だけだが、それはアクアなら問題ないだろう。
なら、後はやるべき事をやるだけだ!
7
『やめろお! 汚らわしいアクシズ教徒め、それ以上私に近付くな!』
「何ですってこのクソアンデッド! あんたには浄化魔法をかける事すら勿体ないわ! 神の拳でしばき回してから天界送りよ!」
教会に着いた俺達は、早速除霊を開始したのだが。
『偉大なる傀儡と復讐の女神レジーナ様、この青髪女に天罰を! アクシズ教徒め呪われろ!』
「清く正しい神に向かって呪いを掛けるとはふざけたものね! ダクネス、その剣貸して! このアンデッドの拠り所になってる教会を完膚なきまでに破壊してあげるから!」
ここにいるゴーストは、死した今もなお祈りを捧げる、献身的な聖職者じゃなかったのか?
アクアと激しく言い争うのは、体の半分が薄く透けた、二十代半ばの女の幽霊。
俺とめぐみんが呆れながら見ていると、喧嘩する二人の間にダクネスが割って入った。
「二人とも落ち着いてくれ。アクア、私達は聖職者だ。ルーシー、お前も生前はそうだったのだろう? なら、まずは落ち着いて話をすべきだ。きっと二人が崇める神々も、争いなんて嫌うはずだぞ?」
苦笑しながら言うダクネスに、女神とゴーストが食って掛かった。
「ちょっとダクネス、二人が崇める神ってどういう事よ! こないだは私の事を女神だと信じてるって言ったじゃない! そんな神であるところの私が舐められてるんだから、このアンデッドは早々に散らすべきよ!」
『私が崇めるレジーナ様は傀儡と復讐の女神なのよ!? やられたらやり返すのが教義なのに、何も知らない部外者が適当な事を言わないで!』
思わぬ反撃に遭いたじろぐ中、二人に怒りの矛先を向けられたダクネスはなおも追撃される。
「まったく、これだからエリス教徒は! そりゃあエリスのところは信者が多いもんだから、争う必要なんてないものね! ちょっと国教として崇拝されてるからって上から目線なのはどうなのかしら。ねえダクネス、たまにはアクシズ教の教会に来て祈ってくれてもいいんじゃないの?」
『エリス教団は信者が多くて羨ましいですね! ウチみたいな小さなところは毎日が闘いみたいなもんですよ! 争いを嫌う? それは持ってる者しか言わない言葉で、持たざる者は闘い続けるしかないんですよ!』
女神とアンデッドに言いくるめられ、すごすごとダクネスが引き下がってくる。
「お前、ああいうのはもうほっとけよ。どうせアクアが浄化するんだし」
「私だって聖職者の端くれ、アンデッドを説得するという事をしてみたかったのだ......」
しょぼくれるダクネスを適当に慰めていると、向こうではいよいよ争いが本格化しており、そろそろ決着が付きそうだった。
「そろそろ覚悟はいいかしら? さあ、神に喧嘩を売った事をあの世で後悔なさい! あはははははは、レジーナだかいうマイナー神なんて最後の信者であるあんたともども、聖なるグーで消滅よ!」
『ぐううううううう! さっきから感じる天敵の気配、まさかあんたみたいなのが本当に......!? レジーナ様、レジーナ様、私はまだあなた様への恩を返せてません! 散々貢がせた挙げ句に私をこっ酷く振ったあの男を、どん底に突き落としてくれたレジーナ様! 弟に結婚詐欺を働き全財産を巻き上げた女を、無一文にしてくれたレジーナ様! 理不尽な目に遭った人達のためにも、ここであなた様を失うわけにはいかないのです!』
拳を光らせ邪悪な笑みを浮かべてにじり寄るアクアに対し、目に涙を浮かべて祈りを捧げるルーシー。
と、その時だった。
「安心してください。あなたの崇めている神様は、今から二年ほど前に封印から解き放たれました。なので、きっと今頃は信者を集めているのではないでしょうか」
それまで成り行きを見守っていためぐみんが、ルーシーに語りかける。
その姿はまるで聖職者か何かの様で。
『......本当に? なぜあなたがそんな事を知っているの?』
めぐみんの言葉に縋る様な目を向けたルーシーは、
「この私があなたの大事な神様を解放してあげました。なので、もう安らかに眠ってください」
力強いめぐみんの言葉に噓ではないと感じ取ったのか、まるで憑き物が落ちたかの様に、穏やかな表情で笑みを浮かべた。
『ありがとう、名前も知らない優しい人......。本当ならお礼をしたいとこなのだけど、それを聞いて安心したからなのか、この世への未練がなくなっちゃったの。となれば、もうあんまり時間がないわ。ごめんね、ちゃんとしたお礼が出来なくて......』
そう言って苦笑するルーシーに、めぐみんも笑い返す。
「紅魔族の掟の中に、売られた喧嘩は必ず買う、やられたらやり返すというものがあります。その復讐の女神とは通じるものを感じるので、気にしなくてもいいですよ」
それを聞いて安心したのか、ルーシーはめぐみんに微笑むと──
「ゴッドブロー!」
『いだいっ!?』
空気を読まない本物の聖職者の方が、突然ルーシーに殴り掛かった。
「お前いきなり何やってんだよ! せっかくいい話で終わりそうだったのになんで邪魔するんだ! どう見てもこれから成仏する流れだろ!?」
あまりといえばあんまりな展開にめぐみんやダクネスが立ち尽くす中、
「これから成仏しちゃいそうだからよ! どこの馬の骨とも分からない、マイナー女神の信者に舐められたまま勝ち逃げさせるもんですか!」
迷える魂を前に大人げない態度を見せるアクアに、半ば消えかけていたルーシーがぶたれた頰を押さえながら怒りに身を震わせる。
『あんた絶対に女神なんかじゃないわ! そんなんだからあんたんとこの信者はあちこちで煙たがられるのよ! 後輩の女神エリスに信者の数で負けてるなんて恥ずかしくないんですかあ? 後輩は国教にまでなったのに、アクシズ教の数ときたら......プーッ!』
アクアを指差し噴き出すルーシー。
その姿に、アクアの眉がキリキリと吊り上がり......。
「あんたちょっと待ちなさいよ、今にも消滅しそうなぐらいに信徒がいない、マイナー神の信者なんかに言われたくないわよ!」
煽られたアクアが摑みかかろうとするが、既にほとんど消えかけていたルーシーはふわりと空に舞い上がる。
『偉大なるレジーナ様......。復讐の女神の信徒として、後輩に負けた女神を最期に言い負かしてやりました......。私はこのまま勝ち逃げいたします。どうかあなた様の未来が、明るいものでありますよう......』
こうして。
傀儡と復讐の女神の、敬虔なる信徒は──
「わあああああああ、勝ち逃げされたー!」
水の女神に勝利の傷跡を残すと、何の未練もなく消えていった──
1
「ほらこめっこ、口元にご飯がくっついてますよ」
アクアがルーシーズゴーストを倒したあくる日の朝。
朝食をもりもり頰張るこめっこを、めぐみんが甲斐甲斐しく世話していた。
無心に食うこめっこを見守っていためぐみんが、こめっこの頰に付いていた米粒を取ってやり、それを自らの口に運び苦笑する。
「姉ちゃんがご飯盗った!」
「こ、こめっこ! 米粒一つ食べたぐらいで人聞きの悪い事言わないでください! 盗られたくなかったら、もっとよく嚙んで行儀よく食べなさい。そんなに慌てなくても朝ご飯は逃げませんから」
そう言って優しく諭すめぐみんに、酷く真剣な顔をしたこめっこは、フォークとナイフをテーブルの上にことりと置くと。
「昔、姉ちゃんが畑で捕まえてくれたトウモロコシが、早く食べなかったせいで逃げ出したよ」
「アレはもう忘れなさい、調理済みのご飯は逃げませんから!」
既に食事を終えていたアクアが、そんな二人を眺めながら微笑んだ。
「こうして見てると姉妹ってのも悪くないわね。ねえカズマ、私妹が欲しくなってきたんですけど。この世には性転換を可能とする魔道具があるそうよ。あんたちょっと試してみなさいな」
「ちょっと何言ってるのか分かんないが、妹が欲しい気持ちだけはよく分かるぞ。妹はいい。特にお兄ちゃんと呼んでくれる妹というものは、本当にいいものだ」
と、俺がアイリスの事を思い出して感傷に浸っていた、その時だった。
『緊急! 緊急! 全冒険者の各員は、装備を整えて冒険者ギルドに集まってください。繰り返します。全冒険者の各員は、装備を整えて集まってください』
それは久しぶりに聞く冒険者ギルドのアナウンス。
俺は思わず、隣で紅茶を啜っていたダクネスと顔を見合わせる。
「この季節に緊急警報とは珍しいな? キャベツの時季でもなければ、大物賞金首が近付いてきているという話も聞いていない。これは一体何事だ?」
ダクネスが訝しんでいる間にもアナウンスは繰り返される。
そして。
『なお、この街にいる紅魔族の方は必ず参加をお願いします。繰り返します。この街にいる紅魔族の方は必ず参加をお願いします』
そんなわけの分からないアナウンスに、俺とダクネスはもう一度顔を見合わせた。
2
「──これは一体何事だ? おい、この街に何があった?」
俺達が冒険者ギルドに駆け付けると、そこには職員達が並んでいた。
ダクネスの問いかけに、近くにいた職員から奥へどうぞと促される。
どうやら冒険者が集まってから説明が行われる様だった。
「出来れば危ない事はせず、ゆっくり暮らしたいんだけどなあ......。緊急警報ってからには、どうせまたヤバいのが出てくるんだろうが......」
「というか、紅魔族は必ず参加をしろというのはどういう事なのでしょうか。こめっこも紅魔族という事で、まだ魔法は使えませんが一応連れてきたのですが......」
めぐみんが僅かに警戒心を滲ませながら、辺りを見回すそんな中。
「お待ちしておりました!」
めぐみんが、突然ギルド職員の男にかしずかれた。
「......む? どうしたのですかいきなり。冒険者ギルドもようやく我が爆裂魔法の有用性と凄さに気付き、VIP待遇になったという事でしょうか? 私としては気付くのが遅すぎると言いたいとこですが、まあ......」
めぐみんにかしずいていた男に、別の職員が声を掛ける。
「違う、そっちじゃない。むしろそっちはどうでもいい。丁重な扱いをしろと言われているのはそちらの方だ」
「おい、そっちとかどうでもいいとか、この私に喧嘩を売っているなら買おうじゃないか」
憤るめぐみんをよそに、その職員はこめっこに頭を下げた。
「ようこそお越しくださいました。さあ、こちらにお菓子を用意してありますので、どうぞどうぞ!」
それを聞いて職員の後をフラフラと付いて行くこめっこを、めぐみんが慌てて止める。
「おい、私の妹を勝手に連れて行かないでもらおうか! 何ですか? いつから冒険者ギルドはロリコンの巣窟になったのですか? 返答次第では警察に駆け込みますよ」
「ち、違います、これにはわけが! あっ、ルナさん、ちょうどいいところに!」
職員に泣きつかれた受付のお姉さんが、にこやかな笑みを浮かべてやってきた。
「いきなり紅魔族を名指しで呼び出したかと思えばいきなりの餌付けとは。これは一体どういう事でしょうか?」
そんなめぐみんの問いかけに、お姉さんは自信満々な表情で胸を張り。
「冒険者ギルドでは常に優秀な人材を求めております。となれば、生まれながらにアークウィザードになれる才能を持つ貴重な人材、紅魔族であるこめっこさんをもてなすというのは、至極当然の事じゃないですか?」
「すいません、私も一応紅魔族なんですが」
めぐみんのその言葉に職員達が目を逸らす。
「と、というわけでこめっこさんはこちらへどうぞ! おやつをたくさん用意してありますからね!」
「いや、ですから私も紅魔族......」
めぐみんが何かを言いたそうにしているが、それに構うことなくこめっこをギルド中央に連れていくお姉さん。
そしてお姉さんは、冒険者達が集まった頃を見計らい。
「皆さん、今日はようこそお集まりくださいました! 緊急の呼び出しをしてしまい申しわけありません」
菓子を頰張るこめっこの前で、皆に向けて笑みを浮かべた。
「さて。冒険者の皆さん、昨日はお疲れ様でした。昨日は冒険者ギルドアクセル支部、始まって以来の素晴らしいクエスト達成率です。しかも、あのルーシーズゴーストまでもがアクアさんの手で討伐されました! さすがはアクセルの冒険者の皆さんです! 素晴らしいです!」
どういうつもりか知らないが、やたらと皆を褒めそやすお姉さん。
冒険者達も満更でもないのか、照れくさそうに鼻の下を擦ったりポリポリと頭をかいたりして誤魔化している。
「で、ですね」
お姉さんの口調が突然変わった。
何だろう、これは多分ダメなヤツだ。
「そんな素晴らしい皆様のために、新しいお仕事をご用意させていただきました!」
うん、間違いない。
いつもの厄介事の予感がする。
「ほんのちょっぴり、昨日よりも高難易度で大変なお仕事ですが、この街の冒険者の皆さんなら大丈夫です!」
無責任に煽るお姉さんへ、顔を引き攣らせた男が待ったをかける。
「おいルナさん、待ってくれよ。勝手に話を進めないでくれ」
それを聞いても動じた様子のないお姉さんに、他の冒険者も声を上げた。
「そうよ、昨日より高難易度で大変ってちょっと待って! ていうか、それが緊急の呼び出しなの!?」
後は我も我もと冒険者達が野次を飛ばす。
「冗談じゃねぇぞ、勘弁してくれ!」
「昨日はめちゃくちゃ頑張ったんだ、もうこれ以上は無理だって!」
「今日は酒場でのんびりしようと思ってたのに......」
騒ぐ冒険者達をよそに、お姉さんは笑みを絶やさず。
「大丈夫です。だってこの場にいるアクセルの冒険者の皆さんは、この国一番の冒険者なのですから!」
そんな、何の根拠もなく心にも思ってもいない様な事を。
「ですよね、こめっこさん!」
テーブルに積まれた菓子を、もりもりと一心不乱に食べるこめっこに、同意を求めた。
分かった、これアレだ。
「アクセルの冒険者はすごいんだよ。姉ちゃんが言ってたもん、どんなに強い相手でも逃げたりしない人達だって」
昨日の事で味を占め、こめっこがいる間に塩漬けクエストを全部片付ける気だ。
ギルド職員達の思惑に気付いたのは俺だけではないらしく。
その場の冒険者達全員が顔を青ざめさせるが......。
そんな中、ある冒険者がやけくそ気味に声を上げた。
「......クソ、やってやるよ、やればいいんだろ! おい、一番難易度の高いクエストを持ってこい!」
それを切っ掛けにしたかの様に、他の者も後に続く。
「わ、私だって見てなさいよ、アクセルの魔法使いの本気ってヤツを見せてあげる!」
なんだかんだで今日もやる気な冒険者達。
そんな連中を見て、額に脂汗を滲ませながら、めぐみんが止めたそうに手を伸ばし。
「あの、皆さんそんなに無理をするのは......」
だが、その小さな声は誰にも届かず、伸ばした手をわきわきさせた。
「う、ううむ......。やり方はあまり褒められたものではないが、ここ最近の冒険者達の腑抜けぶりは酷いと聞く。塩漬けクエスト以外にも、通常のクエストすら手をつけられない状態だったらしいし......。でもまあ、それもこれも」
ダクネスはそう言いながら、俺にチラリと視線をくれると。
「お前と共に大物賞金首を何度も倒したおかげで、懐が暖かくなって働きたがらない者が増えていたからだそうだ。特にカズマとよく遊び回っている冒険者ほど、お前の影響を受けてニート化していると聞く。なら、アクセル周辺の治安を守るためにも、これも必要な措置と言えるのだろうな」
こいつ勝手なことばっかり言いやがって。
でもまあ、街周辺のモンスターが狩られないというのもそれはそれで困るのだろうが......。
「なんにせよ、俺達も適当なクエストを探すとするか。こめっこに良いとこ見せないとな、めぐみん」
俺はめぐみんに向けて、苦笑しながら投げかける。
「そうですね。昨日はアクアしか活躍していませんから、ここらで姉の凄いところを見せないと威厳が保てませんからね」
と、俺達も適当なクエストを探そうとした、その時だった。
「その心配はありませんよ。サトウさん達には、ちゃんと凄腕パーティーに相応しい依頼を用意しましたから!」
そう言って満面の笑みを向けてくるお姉さん。
なんだろう、嫌な予感しかしない。
というか俺達は、誰もが嫌がるルーシー退治を成し遂げてきたのだ。
なのに、また厄介な仕事を押し付けられてはたまらない。
俺は馴染みのお姉さんの腕を取ると、こめっこに聞かれない様隅へと連れて行った。
「お姉さんお姉さん、俺達の実力は理解してるんでしょう? マジ勘弁してくださいよ、普段は問題児扱いするクセに、こんな時だけなんなんすか。ちょっと美人でスタイルがいい俺好みのお姉さんだからって、そう簡単に流されませんよ」
美人扱いは慣れているのか、お姉さんは満更でもなさそうに微笑むと、
「あ、あはは、美人だなんて......。サトウさんたらお上手ですね? じゃあこうしましょうか、もしサトウさんがこの依頼を無事こなしてくれたのなら......。今日の仕事が終わった後、私とデートなんていかが」
「あっ、そういうのはいいです。っていうか、お姉さんが行き遅れてる事を焦ってるってのはこの街の冒険者の間で結構な噂ですし」
言い掛けた言葉を遮る俺に、お姉さんの顔が真顔になった。
「サトウさんすいません、その噂を広めてるのは誰ですか?」
「まあそんなわけで俺達はこれで。適当にカエルでも狩ってますから」
そう言って去ろうとする俺の腕をガッチリと捕まえながら、
「逃がしませんよサトウさん、というか他はともかく、この依頼だけはサトウさんじゃないと無理なんです。これだけは断言できます。私がお願いしたいこの依頼は、このアクセルの街において、サトウさん以外には絶対にこなせませんから」
いつになく真剣なお姉さんの表情に、俺は思わず足を止めた。
別に、腕にすがり付かれてお姉さんの何かが当たっているからそれを楽しんでいるわけではない。
お姉さんの言葉に引っかかりを覚えたのだ。
他はともかくこの依頼だけは、というところに。
「また随分と評価高いですね。自分で言うのもなんですが、俺ってぶっちゃけ真正面から戦ったら雑魚ですよ?」
「それはもちろん知ってます」
あれっ、そこは否定しないんだ。
様々な依頼のため、ギルド内を冒険者達が慌ただしく駆け回る中。
お姉さんは、俺を真っ直ぐ見つめて言ってきた。
「サトウさんにしかこなせない依頼とは──」
3
アクセルの街の西に広がる小さな森に、一本の大木が生えている。
街の冒険者や職員たちの間ではとても有名な大木で、そこは立ち入りを禁止されているにもかかわらず、他の街からやってくる旅人達が後を絶たない。
なぜそんな所にまでわざわざ人がやってくるのか。
それは大木の下に住んでいるモンスターに理由がある。
そいつの名は安楽王女。
昔、俺が退治した安楽少女の上位版ともいえる存在だそうだ──
「──ねえカズマ、この依頼はやめときましょうよ。相手はあの安楽王女なのよ? ずっと昔からあそこに根付いてるのに、どうして退治されないのか知ってる?」
安楽王女が棲む森へ向かう道すがら。
俺の後を追うアクアが、先ほどからこんこんと説教を続けていた。
「カズマカズマ。実は私も、安楽王女を討伐するのにはあまり気乗りしないのですが......」
歩みを進める俺に向け、めぐみんまでもが止めに入る。
「二人とも、あまりカズマを責めないでやれ。安楽王女は確かに一部の人間には評判の良いモンスターではある。例えば、病に冒されて苦しみながら死を待つ人間が、彼女の下に行き、幸せな気持ちのまま息を引き取る事は果たして悪なのか、とな。だが、彼女がいるお陰であの森は自殺の名所になっている。そう、これは自殺だ。神に仕える者として、私は自殺という行為を認めるわけにはいかぬ。たとえ相手が善良であろうと、死ぬ事の手助けをするのであれば見過ごせない」
ダクネスがそう言って俺を庇うが、こいつもいまいち分かってない。
俺は背中に背負っていたリュックを地面に下ろし、三人の方を振り返った。
「というか、まだ討伐すると決まったわけじゃない。お前らは、俺が本当に金や名声のために安楽王女を倒そうとしてると思ってるのか?」
「当たり前じゃない、あんたは経験値とお金のためなら愛らしい妖精だろうが平気で退治できる男でしょう? その昔、私が捕まえてきて名前まで付けた雪精を、こっそり倒した事はまだ許していないわよ」
こいつ、そんな昔の事をまだ言ってやがるのか。
俺は深々とため息を吐きながら。
「その件に関しては俺は何もしてないっつってんだろ。お前が暖炉のそばに置いといたから溶けたんだよきっと」
その昔、雪精というモンスターを退治しに行った際、こいつは雪精を捕まえて育てると言い出した事がある。
捕まえていた雪精は翌日になると消えていたのだが、それを俺がやったと思い込んでいるのだ。
「昔紅魔の里に行った時、安楽少女に遭遇した際説明したろ。安楽少女は善良なモンスターなんかじゃない、あいつら実は、めちゃめちゃ腹黒いんだってさ」
その時俺は鬼や悪魔のように言われたものだが、長い時間をかけて三人に説明したのだ。
こいつらはあの時、それを理解してくれたと思っていたのだが......。
「あの事も後々考えたらおかしいのよね。だってそんなに悪い相手なら、この私のくもりなきまなこを欺けるはずがないもの」
「お前の目は節穴じゃねーか」
一瞬で論破され、アクアがむくれて頰を膨らませる中、俺はリュックの中からある物を取り出した。
「む......。カズマ、それは......」
それは何度もお世話になっている、噓をつくと音が鳴る例の魔道具。
このまま安楽王女を退治に行けば、きっとアクア達に妨害される。
そこでこの魔道具だ。
今こそこいつで安楽王女のどす黒い中身を暴き出し、俺が正しかった事を証明してやる。
「まあお前らもよく見とけよ、俺の言っている事が間違ってないと教えてやる」
そんな自信満々な俺の言葉に、アクアが訝しげな表情を見せた。
──鬱蒼と茂る森の中、俺達は一路大木の下へ。
基本的にこの森には、モンスターがあまりいない。
聞いた話では、安楽王女が他のモンスターに危害を加えられないよう、元冒険者達が自主的に駆除しているらしい。
俺達は、そんな森の中を一体どれだけ進んだのだろう。
本当にこの方向で合っているのかと、段々不安になってきた、その時だった。
「ねえカズマ、あれじゃないの? あの辺り、なんかキラキラしてるんですけど」
アクアの指し示す方を見ると、薄暗い森の中だというのにそこだけやけに明るい。
そちらに歩みを進めると、巨大な木、そして小さな泉があった。
泉のそばでは木々が生い茂る事もなく、空から注ぐ光が水の上で反射され、辺りをキラキラと照らしている。
と、そんな俺達に突然声が掛けられた。
「あなた達は安息を望みにきた冒険者ですか? それとも、ただの迷い人ですか?」
それは聞く者を安心させる、柔らかでいて透明な声。
俺が声の主を探そうとそちらを見ると、
「それとも......。私に会いに来てくれたのですか?」
人懐こそうにはにかむ、下半身が樹木と化した綺麗な女がそこにいた。
4
マズい、これは予想外だ。
「ねえあなたが安楽王女?」
そんなアクアの問いかけに、安楽王女は首を傾げると、
「安楽王女とは私の事ですか? なるほど、あなた達人間は名前というものがありますからね。私にも、名を付けてくれたんですね?」
安楽王女はそう言うと、嬉しそうに自分に付けられた名を何度も口にした。
「ありがとうございます、この名前を付けてくれた人にお礼を言ってくれませんか? 私はここから離れられない身なもので」
とても親し気に、そして楽し気に俺達にそう言ってくる安楽王女に、これは本格的にマズい展開だと思い知る。
たったこれだけの会話なのに、アクアやめぐみんはおろか、既にダクネスまでもがこいつに親しみを覚えていた。
紅魔の里で倒した安楽少女は、健気で保護欲を抱かせるタイプだった。
だがこいつときたら、最初から流暢にペラペラ喋り、積極的に友好を深めてくる。
「へー。あなた、根っこの部分が地面と一体化してるのね。そういうところは完全に人間の姿だった安楽少女とは違うのね」
そう言いながらアクアが無警戒に近づくと、安楽王女の根の部分をぺたぺたと触ろうと......、
「いけません!」
と、それまで友好的だった安楽王女が突然叫んだ。
アクアが驚きびくりと震え、俺やめぐみんを庇うようにダクネスが前に出る。
「私の根に触ってはいけません。この根は、私の意思に関係なく、あなた達人間に危害を加えるのです」
安楽王女はそう言って悲しげに目を伏せた。
「......ねえ、どういう事? あなた、何か悩んでいるのなら相談に乗るわよ?」
アクアが心配そうに問いかける中、まさかの安楽王女の告白に俺は心底戸惑っていた。
まさか自ら自分の危険性を説くとは思わなかったのだ。
これはどういう事なんだ?
こいつ本当に安楽少女の上位版なのか?
なんか思ってたのと違うんだが......。
俺は傍にいたダクネスにそっとその事を耳打ちすると、今更何を言っているんだこいつはという表情をされた。
「お前が前々から言っていた、安楽少女は腹黒いというヤツだな? だが、そこの安楽王女に限っては人格者として知られている。それこそ、アクセルの街から派遣されてくる冒険者達、皆が声を揃えて言うぐらいにな。そもそも、この安楽王女を討伐する事に関して散々冒険者ギルド内でも揉めたのだ。これは本当に人に害をなすモンスターなのか、本当に討伐対象にしても良いものか、とな」
「それで、俺の下に依頼が回ってきたのか。そういえば、お姉さんには調査依頼と言われていたな。過去に安楽少女の真実を見抜いた前例があり、そうそう油断する事もないベテランであるこの俺に、冷静な目でモンスターの性質を調べてほしいって事か」
「そこまで信頼していたのかは知らないが、安楽少女を嬉々として討伐したお前が高く評価されているのだけは間違いないな」
実際問題として安楽王女がいることにより何が問題になっているのかというと、皆このモンスターに看取ってもらいたがるのだ。
引退し、もはや身よりもなく、気心の知れた仲間とも離れてしまった冒険者達。
そんな彼らが最期に求める安息が、モンスターに看取ってもらうことだとは何とも皮肉なものではないだろうか。
「本当に散々揉めたのだ。誰にも知られず一人寂しく孤独死するのと、たとえ相手はモンスターとはいえ、美しい女性に最後まで手を握られ、悲しまれた末に看取られるのはどちらが良いのかと」
一人寂しく孤独死か、最後はモンスターの養分にされるとはいえ、美女に看取られながら安らかに眠るのか。
なるほど、それを聞いてしまうと一概に悪い存在だとも思えなくなる。
......まあそれもこれも、この安楽王女に腹黒い裏の顔がないのならな。
俺は安楽王女から一切目を逸らさぬままで、
「聞きたいんだけどさ。今までここに来た連中はどうなった? 一体どんな最期を迎えたんだ?」
そう問われた安楽王女は、
「みんな、とても安らかな死に顔でした」
言葉では淡々と、そして今にも泣き出しそうな、泣き笑いみたいな表情を浮かべ。
「あなたは、今までここに来た冒険者さんとは違うみたいね?」
安楽王女は俺に向けて儚く笑うと、
「私がこの世に存在する理由は、あなた達人間を殺める事」
言いわけするでもなく、自らの存在理由をキッパリと俺に告げ。
「あなたはとても強い心を持っていそう......。ねえ、こんな事を頼むのは本当に心苦しく、申しわけないのですが......」
ほんの僅かにその身を震わせ。
「大好きな人間のため......。私を退治してくれませんか?」
困ったように苦笑を浮かべ、そんなことを頼んできた。
ヤバい、何だこれ。
こいつはもしや本当に純粋な心を持つモンスターなのか?
以前アクアがキールというリッチーを浄化した際には愛する人の下に行きたいと、浄化を願った。
この安楽王女は、これ以上人間に危害を加えたくないから退治してくれと頼んでいる。
だが待ってほしい、安楽少女を思い出せ。
あいつの時はどうだった、最初は簡単に騙されたじゃないか。
あの時退治できたのは、本当に運が重なっただけだ。
あのまま見逃していたとしたら、きっと今頃も旅人達が被害に遭い続けていただろう。
「ダメよ、辛い病気で苦しんでるわけでもないのに命を粗末にしちゃあ! いいこと? 世の中にはね、いらない存在なんてないの。この世から消えていいのはアンデッドと悪魔だけ! モンスターの中にだって、美味しいのやかわいいのやあなたみたいな優しいのだっているの! ニートですら生きてるんだから、心優しいあなたがこの世に生きてちゃいけない理由はないわ!」
安楽王女の手を取って、アクアが突然まくし立てた。
そんなアクアに安楽王女は、今にも泣き出しそうな顔になる。
「そうですよ、別にあなたは悪くありません。むしろ一般的に、安楽少女は引退した冒険者たちが最後に行き着く安息の場所だとも言われています。一人寂しく病気などで苦しんで死ぬよりは、誰かに看取られながら痛みも苦しみもなく最期を迎えた方が誰だって良いに決まってるじゃないですか。そして安楽少女の上位種であるあなたに看取られるのは自己責任です、気に病む必要はありませんよ」
めぐみんまでもが安楽王女の手を握り、その体をギュッと抱きしめる。
「私は......。私は、この世に存在していてもいいのですか......?」
戸惑いの表情で二人を見上げる安楽王女。
ただ一人ダクネスだけが、俺と安楽王女を交互に見て、困ったような表情を浮かべていた。
これ、完全に昔、紅魔の里の近くで見た光景だ。
やだなぁ、こいつを使うこと自体文句を言われそうな気がするんだよ。
「なあカズマ。この安楽王女についてだが、その......」
ダクネスが何かを言いかけて、俺が手にする物を見て動きを止めた。
「お、お前、それは......」
俺がわざわざ借りてきたのは、噓を感知すると音が鳴る、何度も世話になった例の魔道具だ。
それを手にして安楽王女ににじり寄る俺を見て、ダクネスが軽く引いていた。
俺は一冒険者として、油断せず相手の正体を見極める事をしているだけなのにどうしてこんな目で見られるのか。
「おいその目は止めろよ、いくら俺でも傷つくだろ」
そんな俺達のやり取りに気が付いたのか、アクアとめぐみんが俺を見て。
「ね、ねえカズマ、その手に持ってる物は何? ひょっとしなくてもチンチン鳴るいつものアレよね? 私、それ知ってるもの」
「カ、カズマ? まさかこの状況で疑っているのですか? わざわざ、そんな物を持ち出さなくても......」
ダクネスと同じく引き気味の二人が、こいつマジかよみたいな目を俺に向ける中、安楽王女がキョトンと無防備に首を傾げた。
「それは一体何ですか?」
心底不思議そうな安楽王女に、
「ああ、これは噓を見抜く魔道具だ。噓を感知すると音が鳴る」
シンと静まり返った森の中、俺と安楽王女は見詰め合う。
こいつ本当に言いやがったみたいな視線を向けてくるアクア達。
俺はいたたまれない気持ちになりながらも安楽王女に近付いた。
「大丈夫、これが音を立てなければ全面的にあんたを信じる事ができる。そうすれば冒険者ギルドもあんたの討伐自体を考え直すはずだ」
そう、ここにいるみんながその証人になれる。
だから、
「そうですよね。私はモンスターですから、信じてなんてもらえませんものね」
だから、そんな悲しそうな顔をしないでくれ。
ほんと辛いからマジで止めて。
「ねえカズマ、私今のあんたの姿が、子供が出来たって嬉しそうに報告してきた奥さんに、自分がしょっちゅう浮気しているせいで相手にまで俺の子かよって疑う、疑心暗鬼なロクでなしにしか見えないんですけど」
「言い過ぎですよアクア。その、確かにこの人が浮気症なのは認めますし、常に人を疑ってかかる用心深い男ですが」
自分で言っててフォローになってない事に気が付いたのか、めぐみんの声が小さくなっていく。
「お二人とも、ありがとうございます。大丈夫ですよ、私はモンスターですから疑われるのは慣れてます。だから、どうかお気になさらないでください。そしてあなたも、そんなに悲しそうな顔はしないでください。どうか、自分を責めないで......」
唯一俺のフォローに回ってくれたのが安楽王女だという事実が泣けてくる。
くそ、なんでギルドのお姉さんは俺にこの仕事を押し付けたんだ。
そんなに俺は人の心がないと思われているのか?
正直言って傷つくんだが......。
魔道具を抱え立ち尽くしている俺に、ダクネスが優しく声をかけた。
「お前は何も間違ってはいない。私はお前を正しいと思ってやる。だからその魔道具は私に渡せ。お前だけを汚れ役にさせはしない」
違うんだ、まだ俺の勘が簡単に信じるなと訴えかけている。
だからそんなに優しくしないでくれ。
先ほどから安楽王女の視線が魔道具から離れないのだ。
これを見た時にはそれは何だと言っていたクセに、実はこの魔道具の正体や効果範囲を知っているかの様に。
ダクネスはそんな俺の思いをよそに、魔道具を受け取ると。
「安楽王女よ、あなたに聞きたい。私達人間をどう思う?」
「......あなた方人間は、私にとってとても大切な存在です。なくてはならないと言っても過言ではありません」
アクアやめぐみんが魔道具を見るが、音は鳴らない。
そしてダクネスは心底ホッとしたように息を吐き、
「すまなかった、疑って悪かった。どうか許してほしい。だが、これでお前の疑いは晴れた。......ほらカズマ、お前ももっと明るい顔をしろ。今回は珍しく丸く収まったんだぞ?」
そう言って、憑き物が落ちたように清々しい顔で笑いかけてくるダクネスには目を向けず、
「今までここに来た冒険者や旅人を看取って、そいつらが死んだ後はどうしたんだ? その体を養分にしてるんだろう?」
俺が放ったその言葉に、場の空気が凍りついた。
「あ、あんた......」
完全にドン引きのアクアをよそに、俺は同じく固まった安楽王女に向けて、
「あんたはこう言ったよな、俺達人間は大切な存在だと。でもそれって、生きていく上での栄養として、とても大切って事なんじゃないのか?」
その言葉に安楽王女が傷付いた顔で、今にも泣き出しそうな表情を浮かべる。
ヤバい、やっぱり良心がめちゃめちゃ痛む。
だがやはりコイツはおかしい、やっぱりこの魔道具の力をよく理解していて、反応しない様に上手く言葉を選んでいる気がするのだ。
大丈夫だ、自分を信じろ。
警戒心の強いニートの勘だ、まだ確信は持てないがこいつは黒い。
「もう一度聞くぞ。ここに来た冒険者達の体は、看取った後どうしたんだ? はいかいいえで答えてくれ」
未だ悲し気な顔の安楽王女にそう告げると、安楽王女は寂し気に。
「はい、彼らは私の養分になっています。今も私の一部として......。彼らは、私の中でずっと共に生きていくんです。私は、そんな彼らの存在を決して忘れません。......さあ、これで満足ですか?」
キッとこちらをキツめに見ながら、安楽王女は言ってきた。
なにこれ、俺がどんどん悪者の空気だ。
「カズマ、やっぱりあんたは鬼よ。人の心はどこに落としてきちゃったの? 拾ってきてあげるから落として来た場所を思い出しなさい。言いなさい、ほら早く! それとも記憶を失うポーションで、良心ってものを忘れちゃったの!?」
「カズマ、さすがにもうちょっと言い方というか、聞き方といいますか......。さっきアクアが根に触ろうとした時この子が止めたじゃないですか。きっと、勝手に吸収しちゃうんですよ」
おっと、みんなドン引きですね。
だが今の答え方で理解した。
こいつあれだ、やっぱ絶対に確信犯だ。
魔道具の力を正しく理解し、微妙に噓じゃないとこを突いてくる。
「......なあ、お前らにちょっと頼みがある。俺とこいつをしばらく二人きりにしてくれないか?」
俺は安楽王女とさしで話すべくみんなに告げる。
「あんたみたいな鬼畜ニートが、純粋そうなこの子と二人きりになってなにする気よ?」
「私達がいなくなった後、以前紅魔の里近くにいた安楽少女のように、生き生きとした顔で退治してきたと報告したりしませんよね?」
「俺はどれだけ信用がないんだよ。お前らがいないところでこいつに斬りかかったりはしないって。ほら、この魔道具も鳴らないだろ?」
鳴らない魔道具に一応は納得したのか、アクアとめぐみんはその場を後に。
「カズマ、モンスター退治は確かに私達冒険者の義務で、誰かがやらねばならない事だ。だが、あまり無理をせず自分を追い詰めるなよ?」
相変わらずダクネスだけが妙な勘違いをしているが、これで人払いは済んだ。
俺は立ち去る三人を見送りながら安楽王女に問いかけた。
「これで本音で話せるか。俺はお前らの本性をよく知ってるんだよ。もう遠慮はいらないから本音で話せよ」
それを聞いた安楽王女は。
「......なあお前。そんなに他人を疑って生きて人生辛くなったりしない?」
人とは程遠いモンスターのくせに、俺に人生を語ってきた。
5
「こいつ正体を現しやがったな、植物の分際で人間様に説教垂れやがって」
「小さい男だなあお前は。そんなんだから童貞なんだよ」
......。
「おい、植物なんかに童貞呼ばわりされたくないぞ。そもそもモンスターのクセになんでそんな言葉知ってるんだよ。どこの冒険者が教えたんだ」
「こうして長く生きてると、いろんな知識を得るもんさ。......で、あんたどうなの? あの三人の内の誰と交尾がしたいのさ?」
こいついきなりなんて事言いやがるんだ。
「これだから野生のモンスターは嫌いなんだよ、言い方ってもんがあるだろ。それにあいつらは仲間なんだよ、そういう下衆な勘ぐりはやめろ。根っこごと掘り起こすぞ」
俺の脅しに安楽王女は余裕の笑みを浮かべながら、
「そんな事すればお前の仲間達が飛んでくるぞ。いいのか、好感度が下がっても? 大体そんな建て前じみた事はいいんだよ、人間のオスなんて年中発情してるようなもんだろ?」
「人間のオスだの交尾だの発情だの、言葉を選べよ! 俺たち人間はそういう行為に至る前に、色々段階を踏むんだよ。人間は繊細なんだ、お前らモンスターと一緒にすんな」
そんな俺の言葉に安楽王女は首を傾げ、
「でもお前、初めて会った時から私のこれに釘付けじゃねーか」
そう言いながら、申しわけ程度に布で覆ったたわわな胸を持ち上げた。
「これは人間の男の本能ってやつだ。お前ら植物が光合成をするように、春になれば辺り構わず種を撒き散らすように、これは抑えがたい生理現象みたいなもんなんだよ」
「光合成はともかくとして、私達の繁殖方法は下品に種を撒き散らすタイプじゃない。あんな見境なく種をまく下等植物と一緒にするな。私達は人間を懐柔し手伝わせ、遠くまで運ばせて株分けするんだ。昔、別の場所に生えてた私が、冒険者やモンスターが弱い地域に植えてくれって頼んだら、ここに運んで植えてくれたのさ」
こいつら案外逞しいんだなあ。
「それに年中交尾してるお前ら人間やゴブリンと違って、私達が株分けするのは百年に一度ぐらいだ。無計画に増えるお前らと違い、私達は自然との調和を目指してるんだよ」
「ゴブリンと同列に語るのは止めろよ、あとお前植物のクセにめんどくせーな」
しかもモンスターの分際でなんで無駄にエコなんだ。
「......で、私の正体を知ったあんたは一体これからどうするつもりだ?」
先ほどとは打って変わり、警戒心を露わにした安楽王女は敵意をむき出しにして俺を見る。
「そんなのもう分かってるだろ? 俺は冒険者でお前はモンスターだ。つまりはお互い敵同士、相容れる事はない」
それを聞いた安楽王女は、
「私が一体何をしたんだよ、ここに来る連中は自分の意志で来てるんだぞ! 一人寂しくくたばるよりは、私に看取られた方がマシだろ! その対価として亡骸を有効活用するだけだ。冒険者は苦しむ事もなく、寂しがる事もなく、安らかに逝けて幸せ。私も良質な栄養がもらえて幸せ。みんな幸せな話なのに何の文句があるんだよ、この偽善者が!」
こいつ本当にめんどくせえなあ。
中途半端に知恵のあるモンスターほど厄介なものはない。
「そんな開き直りが許されるかよ、お前なんて退治だ退治。冒険者ギルドの話だと、お前のせいでこの森が自殺の名所になっていてイメージが悪いんだとよ。二度とこんなとこで自殺する気が起きない様、森の入り口に浮かれた名前の付いた看板立ててやるからな」
「まあ待てよ、そう結論を急ぐなって。それにお前が私に危害を加える気はない事、ちゃんと分かってるんだぞ?」
安楽王女はそう言うと、悪そうな笑みを向けてきた。
俺が危害を加えないってどういう事だ。
「私がここに根を張って、そろそろ百年近くが経つ。その間誰一人として私の本性に気が付かなかったとでも思うのか? で、そいつらはどうなったと思う?」
安楽王女のその言葉に、俺はみんなを離れさせたことを後悔する。
忘れていた、こいつも立派なモンスターなのだ。
しかも本来の安楽少女の生息地は強いモンスターで溢れる紅魔の里。
そんな所で生存競争を勝ち抜くやつが、弱くないわけがないのだ。
俺が腰の刀に手をやると、
「おっと、まあ落ち着けよ。勘違いするな、別に人知れず葬ってきたってわけじゃない。むしろ、あんたにとってもいい話があるんだよ」
安楽王女はそう言って自らの足下を指差した。
「何の真似だよ」
「掘ってみろ。この中にお前にとって価値のある物が埋めてあるから」
その言葉にピンときた。
安楽王女は冒険者達の体を養分とする。
だが身に付けていた金銭や装備、持ち物なんかはどこにいく?
その答えがこいつの足下に埋まっているのだろう。
それはつまり......。
「お前人間臭いにもほどがあるだろ、まさか買収する気なのかよ」
「でもお互い悪い話なんかじゃないだろ? あんたは金を手にできて、私は見逃してもらえる。winwinの関係ってヤツだ。言ったろ、私たちは自然との調和を目指してるって」
こういった時のために、ちゃんと金なんかを貯め込んでおいたのか。
嫌だなあ、いざという時見逃してもらうため、身代金を貯め込むモンスターってどうよ。
だが......。
「相手が悪かったな。俺の名は佐藤和真、数多の魔王の幹部を葬ったアクセル一の冒険者。もしこれが普通の冒険者だったなら、その話に乗ったのかもしれないな。だがこの俺をその辺の冒険者と一緒にするなよ? 今までの活躍により、金ならたくさんあるんだよ」
そう言って背中のリュックを下ろす俺に、初めて安楽王女が焦りを見せた。
「お、おい待てよ、落ち着けって。お前が金に動かされない立派なやつだってのは理解した。いや、正直舐めてたよ。お前は私が今まで会った冒険者の中では一番頭がキレる。しかもそれだけじゃない、気高い誇りを持った本物の冒険者だ」
その言葉に、俺は少しだけ動きを止めた。
「買収の次は褒め殺しか。だが残念だったな、常日頃から活躍してきたこの俺は、ちょっとぐらいの称賛では今更心動かされない。なにせつい最近まで、城のメイドに毎日俺の良いところを十個以上挙げさせてたんだからな」
「お前人としてどうなんだ? モンスターの私でもお前がおかしいのはさすがに分かるぞ」
と、モンスターのクセに味のある困惑顔を浮かべた安楽王女は、
「......おい、それなんだよ。ちょっと待てよ、何する気だ?」
俺がリュックから取り出した物を見て、サッと顔を青ざめさせた。
植物のクセになんで顔が青ざめるんだろうと思ったが、それには構わず、手にした物を見せ付けた。
「見ての通りの除草剤だ」
「分かったやめろ話をしよう、アレだ私がここにいるのが気に入らないならどこか遠くの山に植え替えてもらっても構わない......、なー頼むよ一応言っておくけれど私から人間を誘ったり引き止めたり早死にさせるような真似なんかはしてないはずだ、むしろ年老いた冒険者を介護したりおしめ替えたり結構色々やってんだぜ、なあほんとなんだって、同じ話を何度も聞かされたりさ、私も色々やってんだよ、最後ぐらいは美味しい思いもさせてくれよ!」
なかなか心にくる事を言ってくるが俺の手は止まらない。
「植え替えるって言ってもどうすんだよ、お前の本体ってその大木じゃないのか?」
「私の本体はこの森全部だよ。森全体に根っこを張り巡らせてるから、それごと全部掘り返してもらえれば......」
「できるかそんなもん、どれだけ広いと思ってんだ!」
除草剤の蓋を開け、それを地面に並べていく。
「なー頼むよー、見逃してくれよー、金だってやるしここにある物なら全部なんだって持っていけばいいし、もし見逃してくれるのなら、あんたの事は一生覚えておいてやるからさー。私は今まで看取ってきた連中の事を皆覚えているんだぞ。寿命の短い人間が、私の記憶の中だけでも生き続けるわけだ。どうよ、子供も残せなかった人間が、誰かにずっと覚えておいてもらえるのはそれだけでも価値あることだろ? なー、私を見逃してくれってー!」
こいつペラペラとよく喋るな植物のクセに。
もういい、とっととトドメをさしてしまおう。
俺はそれ以上耳を貸す事もなく、瓶を片手に王女の下へ。
「おい、冗談だろ? お前私に危害を加えないって言ったじゃん。あの、噓を見抜く魔道具も鳴らなかっただろ? 心変わりでもしたのかよ? おかしいだろこんなの! なあ、ただの脅しなんだよな!?」
「俺は危害を加えないなんて言ってないぞ。お前が微妙に答えをズラした様に、あの時俺はこう言ったんだ。『お前らがいないところでこいつに斬りかかったりはしない』ってな。斬りかかってはいないだろ? 俺は噓は吐いてない」
それを聞いた安楽王女がいよいよ本気で焦り出す。
「おい冗談だろ? わ、分かった、話をしよう! 私にできる事なら何でもするから! ほら、例えばあんたがさっきからずっと見ていたこれなんかも、好きにしてくれていいんだぞ!?」
そう言って自らの豊かな胸を両手で摑み、ゆさゆさと揺らす安楽王女。
「なあお願いだよ、だって仕方ないじゃん、死んだ人間の体を有効活用するのはリサイクルじゃん、エコじゃんエコロジーじゃん、どうせほっといても土になるんだし、私がそれを吸収しても」
そこまで言って、ペラペラと喋っていた安楽王女が言葉を止める。
「......なあ、ひょっとしてこれを見てちょっと葛藤してない?」
「してない」
揺れる巨乳にちょっと目を奪われただけで、葛藤なんてしていない。
節操のない俺ではあるが、さすがに植物型モンスターを相手に欲情するほど落ちぶれてはいないし深い業も抱えていない。
そういうのはサキュバスだけで十分なのだ。
「なー、私も正直に言ったんだからお前も正直に言ってみろよー。ほら、どうせ誰もいないんだしさ? 素直になればいいじゃないか、本当はちょっと興味があるんだろ?」
これが塩漬けクエストの中でも特に高難易度を誇る安楽王女か。
なんて狡猾でやっかいな相手なんだ、心を強く持て佐藤和真。
相手は植物なのだ、先日バニルがくれたセクシーな大根と同レベルだぞ。
「私が地面の養分を吸収するのは植物の本能なんだ。そしてあんたがこれを触りたがるのもオスとしての本能だ。なあ、本能の何が悪い? モンスターだって生きてるんだ、あんただって生きてるんだ! ほら、本能のままに従って、自然のままに生きようじゃないか!」
本能のままに自然のままに。
さすが植物型モンスター、自然に関しては含蓄がある。
俺はフラフラと胸に向け、手を伸ばしかけたところで慌てて止めた。
「何をしようとしてんだ俺は! お前危なすぎるだろ、危うく人として越えちゃいけないラインを越えるとこだったぞ!」
我に返った俺を見て、色仕掛けすら通じないと悟った安楽王女は。
「きゃああああああああああああーっ!」
森中に響き渡る大声で、甲高い悲鳴を上げた。
6
「なになに、一体どうしたのよ! ちょっとカズマ、あんた何やってんの!?」
「カズマ、これは何を撒こうとしていたのですか? これはひょっとして除草剤ですか!?」
安楽王女が上げた悲鳴を聞きつけて、アクア達がやってくる。
「お前らいいところに! おい手伝ってくれよ、こいつやっぱロクでもねぇわ!」
俺が勝ち誇った顔で訴えかけると、なぜか非難の眼差しを向けられた。
「あんた私が目を離した隙に何やってんのよ。チンチン鳴る魔道具でだまくらかしてくれたわね? どういう事だか説明なさいな!」
「アクアの言う通りですよ、まずは事情を説明してください」
二人の言葉に、俺は先ほどのやり取りを説明しようとすると、安楽王女は目をギラリと光らせ訴えかけた。
「この方が、私に突然酷い事をしようとしたんです......!」
「やめろ、お前は喋るんじゃない!」
余計な口を挟む安楽王女を威嚇するように除草剤を高く掲げる。
そんな俺の肩に手を載せて、困惑顔のダクネスが、
「カズマ、これではサッパリ分からん。まずは何があったのかを説明してくれ」
「こいつやっぱり腹黒かったんだよ、俺と二人きりになった時、べらべらと喋ってくれたんだ。ほら、この魔道具の前で言ってみろ。アクア達がいなくなったら急に態度が変わった事をさ。態度なんか変えてませんって言うんだったら、これの前で言ってみろよ」
俺が魔道具を手に問い詰めるも、安楽王女は答える事なく悲しげな表情を浮かべてくる。
「おいその態度はもうやめろって、俺の評判悪くなるだろ! もう諦めて素直に言えよ!」
だが、俺はこいつを舐めていた。
こいつらは人をハメたり貶める事に特化したモンスターだった事を忘れていたのだ。
安楽王女は俺の問いに答えることなく、最大級の爆弾を投下した。
「この方は、ずっと私の胸に興味津々でした......」
「お前いきなり何言ってんの」
安楽王女の爆弾発言にアクア達の視線が俺の手の中へ集まり。
そして、そこにある鳴らない魔道具を見て、その場の空気が固まった。
「お前やってくれるじゃねーか、まさかこんな手に出るとは思わなかったわ。でも俺だってこの魔道具を有効活用できるんだ。おい、お前らよく見とけ。この安楽王女はなあ! お前達が消えた後、態度の悪い下品な下ネタを連発する、最低な姿を見せてくれたぞ!」
噓を感知する魔道具はやっぱり鳴らない。
それを見たアクア達は戸惑いの様子を見せた。
「た、確かに下品な事を言ったのは認めます。ですが、どうか言いわけをさせてください!」
やっぱり鳴らない魔道具に、お前らは何を話してたんだとばかりにアクア達が後ずさる。
一体どちらの言い分を信じればいいのか、困惑し始めているようだ。
その様子に不利を悟ったのか、安楽王女が勝負に出た。
「あ、あなたは先ほど、私の胸に手を伸ばし、触ろうとしたじゃないですか!」
鳴らない魔道具。
「お前それを言うのかよ、そもそも、そっちが見逃してくれる代わりに乳揉ませてやるって言ったんだろうが!」
「そこまで卑猥な言い方はしてません、勝手な解釈はしないでください!」
やっぱり鳴らない魔道具に、三人の目が冷えたものになってきた。
「くそ、埒が明かねえ! お前と対話しようとするからダメなんだ、最初から実力行使に出ればよかった! お前なんてこうしてやるよ! これでもくらえっ!」
俺は足下の除草剤を手に取ると、それを安楽王女の根っこに撒いた。
「や、やめろお! 身動き取れない私に実力行使は卑怯よ、口で負けそうになったからって力でどうにかしようとするのは狡いと思うわ!」
「うるせーよ、モンスターのクセに正論ばっか言ってんじゃねえ! おっ、なんだコイツ抵抗しやがるのか、オラ大人しく受け入れろ、思いっきりぶちまけてやる!」
これ以上撒かれまいと、俺の腕を摑み激しい抵抗を見せる安楽王女。
「やめて、酷い事しないで! そんな汚らわしい物をかけるのはやめて! 私、汚されちゃう! 誰か助けて汚されちゃう、私の下半身にそんなものをかけるだなんて......」
「お前は一々言い方が卑猥なんだよ、足下に除草剤撒いてるだけじゃねーか!」
ギャーギャーと言い合いながらも俺は除草剤を撒いていく。
それは思いの外早く効果を発揮し、やがて......。
「──ヤバい吐きそう、吐くものないしそんな器官も付いてないけど、なんかもの凄く気分が悪い......」
除草剤を吸収した安楽王女は、そう言うや否や焦点の定まらない目で項垂れた。
まるで酒に悪酔いした様に、青ざめた顔で上半身をゆらゆらさせている。
「よし、お前ら今がチャンスだ、除草剤撒くのを手伝ってくれ!」
そう言って嬉々として振り向くと、皆は完全にドン引きの表情で。
「そ、その目はやめろよ、俺の言ってた事は正しかっただろうが。こいつの言った事も噓じゃないけど、正しくもないからな。さすがの俺もモンスターの胸なんかに欲情したりは」
チーンという魔道具の音。
それを聞いた三人が、ことさらに引いた表情で。
「うふふふふっ」
未だ気分が悪そうながらも、勝ち誇った様な安楽王女の笑いが響く。
「ざまあみろだわ冒険者め、あんたはモンスターに欲情した上級者として一生十字架背負ってろ! こんなクソ不味いもの撒きやがって、地獄に落ちろ童貞野郎が!」
これが元々の本性なのか、突如口汚く罵りだした安楽王女。
「除草剤なんかで酔いやがって! 俺が地獄に落ちる前にお前を先に送ってやるよ!」
激昂した俺が瓶を片手ににじり寄ると、それを見た安楽王女はやけくそ気味に捲し立てた。
「口で負けたからって実力行使は恥ずかしくないんですかー? 顔真っ赤じゃないですかー? あんたさっき、自分で凄腕冒険者とか言ってましたけど、凄腕冒険者が童貞って恥ずかしすぎませんかあー!? 周りにメスが三匹もいるのに未だ童貞ってどうなのお前、さっきはそいつらの事を仲間だとか言ってたけど、案外そう思ってるのはお前だけで、そいつらは知り合い以上仲間未満とか思ってんじゃ......」
俺は安楽王女がそれ以上何か言う前に、足下に次々と除草剤をぶちまける。
「まずっ! まっずい! ちくしょう、この童貞野郎が! 私の根はこの森一帯に広がってるわ! それを全て根絶やしにするには一体何十年掛かるのかねえ! あんたの寿命が残ってる間に私を滅ぼせるのか? あんたへの報酬と労力は釣り合ってないだろうけど、せいぜい頑張って掘り起こしてみろ!」
安楽王女は最期まで、俺の心に傷を残していった。
7
「──サトウさん、大変でしたね。安楽王女討伐、ご苦労様でした!」
「本当ですよめちゃめちゃ大変でしたよ本当に本当にご苦労様でしたよ!」
アクセルに帰った俺達は、早速お姉さんに報告していた。
「安楽王女怖いよう、安楽王女の森に近付きたくないよう......」
そんな俺の隣では、先ほどからアクアがメソメソと泣いている。
あの後、逆ギレした安楽王女は完全に本性を現し、その矛先をその場の全員に向けたのだ。
「なあカズマ......。その、私は影が薄いのか? 存在感があまりないのか? 言われてみると心当たりがある事が多いのだ......。昨日も活躍したのはアクアとめぐみんで、そして今日はお前一人で安楽王女を討伐した。私は安楽王女が言う様に、本当にいらない子なのか? なあ、安楽王女が言う様に、私の代わりにアダマンマイマイを連れて行っても結果はあまり変わらないのだろうか?」
いつになく落ち込んでいるダクネスが、言われた事がよほどショックだったのか、フラフラしながら言ってくる。
「我が名はめぐみん、紅魔族一の天才にしてアクセル随一の魔法の使い手、大丈夫、私は強い、私は凄い、私は紅魔族の落ちこぼれでもない。モンスターの言う事に耳を貸す必要もないし、強気な孤高の魔法使いを気取ってるけど実は友達いなそうなんてあんな言葉も気にする必要なんて何も無い。大丈夫、私にはここに仲間がいますから、大事な仲間達が、大丈夫、大丈夫、大丈夫......」
先ほどからブツブツと自己暗示をかけるめぐみんを見て、安楽王女の残した爪痕は思いの外深かったのだと知った。
「でも、サトウさんならきっとやってくれると思いました! だってあの安楽王女ですよ? いろんな冒険者が討伐に出向いても、誰もが断念して帰ってきた、あの安楽王女です! 一部の人達による安楽王女は無害だという話により、報酬こそは低いですが......。それでも、街の近くにモンスターが住み着いているというのは冒険者ギルドの面子にかかわりますからね! それがサトウさんは調査依頼を出しただけなのに討伐までしてきてくれました。今回の事は感謝します!」
深い心の傷を負った俺達に、ニコニコと満面の笑みを向けてくるお姉さん。
その隣ではこめっこが、俺に尊敬の眼差しを向けている。
......と、俺はふと、ここである事に気が付いた。
「俺が倒したのは上半身だけなんで、森に広がる根の部分は残らず処分してくださいね。ところで、ちょっと聞きたいんですがいいですかね。なんで俺なら安楽王女を倒せると思ったんですか?」
俺が疑問を投げかけると、お姉さんが動きを止める。
そう、安楽王女はその場から動けないわけで、別に倒そうと思えば誰でも倒せる。
ただ、倒すとなると良心が酷く痛むというだけだ。
「あの、ひょっとして俺なら安楽王女相手でも遠慮なくぶっ殺せる人でなしだと思われてませんかね?」
お姉さんはそれには答えず、報酬の入った袋を手渡して。
「それではサトウカズマさん、今回はご苦労様でした! じゃあまたね、こめっこちゃん! また明日も待ってますからね!」
「おいちょっと待ってくれ、話はまだ終わってない! あとこめっこはもう連れてこないからな、ていうか俺も、明日以降はここに来ない! もう十分働いたからな、塩漬けクエストの中でも、特に高難易度のものをこなしたんだから文句だってないはずだ!」
お姉さんは、一気に捲し立てる俺の目の前で。
「明日は大きなホールケーキを用意しておきますからね」
「いきます」
もはや隠す事もなく、堂々とこめっこを餌付けした。
8
冒険者ギルドで諸々を終え、家に帰り着いた俺達は、精神に負わされた深いダメージを癒すため、思い思いに休んでいた。
ちなみにアクアとダクネスは、ゼル帝に癒してもらいに鶏小屋に行った。
「こめっこ、ちょっとこっちに来なさい。話があります」
そんな中、広間のソファーにほけっとしていた俺の対面でいち早く復帰しためぐみんが、自らの隣に来なさいと、ソファーの上をポンポン叩く。
「なんかよくわからないけど、姉ちゃんが怒りそうだからやだ」
「こめっこ!」
何かを察したのか、勘の良いこめっこに、
「いいですか? 知らない人に食べ物をもらってはいけないと、いつも言っていたではないですか。それが昨日も今日もなんですか、紅魔族ともあろうものが、簡単に餌付けされるなど......」
昔、俺達のパーティーに加入する際、何も食べてないから食わせてくれと頼んできためぐみんが説教を始めた。
「紅魔の里にいたときは、人を見かけたら食べ物をねだれって姉ちゃん言ってた」
「おい」
思わずツッコむ俺から目を逸らし、
「あれはあれ、これはこれです。狭い紅魔の里ではなんだかんだで皆知っている人ではないですか。こういった街中では、知らない人にご飯をおごってもらえるからといって、素直に受け取ってはいけませんよ。後でどんな代価を請求されるか分かりませんから」
「ことわる」
即答するこめっこに、
「こめっこ! 断るではありません、ご飯を食べさせてあげるから付いておいでと言われたら、一体どうするつもりですか? 今のあなたはホイホイ付いて行きそうだから言っているのですよ」
「もちろんホイホイついて行って養ってもらう」
めぐみんの言葉を聞き流すこめっこに、めぐみんがバンバンとテーブルを叩き出す。
「バカな事言っていないでちゃんと話を聞きなさい!」
「姉ちゃんはおこりんぼ」
それを聞いためぐみんがその場にバッと立ち上がると、こめっこは素早く逃げ出した。
「待ちなさいこめっこ、どこに逃げても無駄ですよ! 今日はちゃんと言い聞かせますからね!」
そんなこめっこが逃げ込んだ先は、屋敷の台所の中だった。
ガチャリと音がしたことから、中から鍵をかけたようだ。
「出てきなさいこめっこ! さもなくば、今日の夕飯は抜きですよ!」
『ここにある食べ物が全部なくなったら出る』
なるほど、考えなしに台所に逃げ込んだわけではないらしい。
「こめっこ、バカな冗談はやめなさい! というかそこを開けないと私達がご飯を食べられないじゃないですか、もう夕飯の準備も始めないといけないのです、早くここを開け......。......こめっこ、中で何を食べているのですか!? 勝手な事をしてはいけません、出てきなさい! 出てこないとドアを叩き壊しますよ!」
「たかが姉妹喧嘩で台所のドアを壊すなよ」
このまま立て籠もられても俺達もメシが食えないので、めぐみんの後を追った俺は説得を開始する。
「しかし、そうは言ってもカズマ。今の内にしっかりしつけておかないと、後悔する事になるんですから。手遅れになってからではダメなのですよ」
確か、以前アクシズ教プリーストのセシリーから聞いた話では、初めて会った際、めぐみんはご飯欲しさにホイホイと教会まで付いてきたそうなのだが。
「既に手遅れのお前が言うと、なかなかの説得力があるな」
「おい、私に喧嘩を売っているのなら買おうじゃないか!」
『お兄ちゃんがんばれ』
「こめっこ! 立て籠もったまま挑発するのは卑怯者のする事です、ほら、とっとと出て来なさい!」
この姉妹は仲が良いのか悪いのか。
......まあ、仲が良いから姉妹喧嘩もするのだろう。
「戸棚の奥にでっけえチョコ見付けた」
台所の中からは、ウキウキした様なこめっこの声。
それを聞いためぐみんが、突然ハッと顔色を変える。
「こめっこ!? それは食べてはいけませんよ、私がせっかく用意した......。こめっこ、分かりました! もう怒りませんから出てきてください! 仲直りしましょう!」
そんな、仲の良い姉妹のやり取りを聞きながら。
「これだけ食べたらちゃんと出る」
「こめっこー!」
やっぱり妹は良いなと、改めてそう思った。
1
翌日。
「こめっこ! こめっこはどこですか!」
朝早くからめぐみんが大声を出し、走り回る音で目が覚めた。
「朝っぱらからどうしたんだよ、一体何を騒いでるんだ」
あの幼女が来てからというもの、俺もなんだかんだで早起きする様に心がけている。
親への報告任務を兼ねているらしいので、あまり自堕落な生活を見せられないからだ。
「カズマ、おはようございます。こめっこを探しているのですよ。あの子ときたら朝食が待ちきれなかったのか、台所の物を勝手に食べてどこかに行ってしまったのです」
「何ていうかお前の妹は本当にたくましいな」
ザリガニ料理を得意とする姉に育てられれば、あんな風に育つのかもしれない。
「私だって、こんな野生児に育てた覚えはないのですがね。本当に誰に似たのでしょうか」
お前以外の何者でもないと言いたかったが、グッと堪えた。
「まあ今まで紅魔の里から出た事がなかったんだろうし、アクセルの街が珍しいんじゃないのか? 近所を散歩しているのなら多分その内帰ってくるだろ」
「まあ私も、最初この街に来た時は目移りしたので気持ちは分かるのですが......」
腑に落ちないような表情でめぐみんがため息を吐く。
この街はとにかく治安だけはいい。
小さな女の子が一人で歩いていても、特に心配する必要はないだろう。
そんなわけで俺達は、先に朝食を済ませていたのだが。
「──ねえめぐみん、こめっこちゃんはどうしたの? 昨日の夜ボードゲームで負けたから、あの子にリベンジしたいんですけど」
ボードゲームを小脇に抱え、遊び相手を探す子供の様にアクアが言った。
「お前、幼女にすら負けたのか。それっていい大人としてどうなんだ」
アクアはここ数日の間にすっかりこめっこと仲良くなっている。
精神年齢が近いのか、やたらと気が合う様子を見せていた。
「バカねカズマ、あんたハンデって言葉を知らないの? 最初は子供だと思って油断して、手加減してあげた結果負けたのよ。最弱の駒である冒険者を一枚だけ減らして勝負したの」
「それはほとんどノーハンデって言うんだぞ」
意外と子供が好きなのか、同じくここ数日の間にこめっこと仲良くなっていたダクネスが、なんとなく落ち着き無さそうに口を挟んだ。
「しかし、これだけ待っても帰ってこないとなると、公園かどこかで他の子供達と遊んでいるか、もしくは冒険者ギルドでまたお菓子をもらっているのではないか?」
「あり得ますね。というか、あの子が同じ年の子達と気が合うとも思えませんし、ギルド以外に考えられないのですが。そういえば、今日はホールケーキを用意するとか言ってませんでしたか?」
あの年から荒くれが集まる冒険者ギルドにたむろするとは末恐ろしい幼女だ。
普通知らない街にやってくれば、片時も姉の傍を離れなそうなものなのだが、むしろこめっこは既に姉離れを終えた感すらある。
なんというかあの子は将来、めぐみん以上の大物になる気がする。
「まあ、冒険者ギルドとしてもずっと塩漬けだったクエストを一掃できた事だし、今回は冒険者達にやる気を出させたこめっこのお手柄だろう。ギルドでお菓子を振る舞われるぐらい、当然の権利だ」
ダクネスの言う様に、ここ最近アクセルではほとんど依頼がこなされなかったそうな。となると、まあ結果的にはこれでよかったのかもしれない。
とはいえ、こめっこがいなくなれば、また元に戻りそうな気もするが......。
「それでは、食事を終えたのでしたら私達もギルドに向かいましょうか」
一方で、未だ妹離れできていないめぐみんがそわそわしながら言ってきた。
──俺達が冒険者ギルドに着くと、そこでは妙な光景が繰り広げられていた。
「さあこれも食べてみて? お姉さんの手作りよ」
こめっこがいるのはまだ分かる。
だが、そんなこめっこに甲斐甲斐しく菓子を食べさせていたのはあのサキュバスサービスのお姉さん達だった。
「お嬢ちゃん、ほらこっちも食べてみて?」
「ありがとございます」
なぜこんな所にいるのか知らないが、お姉さん達に差し出されるがままに、もくもくと菓子を食べるこめっこ。
俺は見覚えのあるお姉さんの一人を手招きすると、こっそりと耳打ちした。
「いつもの店のお姉さん達ですよね? ここは冒険者ギルドですよ? こんな危険なところで何やってんすか」
「あら、常連さんじゃないですか。私達も脛に傷持つ身ですから、ここが危ない事は理解しているんですが......」
サキュバスのお姉さんはそう言って、愛しげな目で菓子を頰張るこめっこを見詰めた。
「一体どうしたのか、あの子を放っておけないんです。おそらくあの子には高い悪魔使いの才能があるはずですよ。きっと将来、とんでもない大物になります。......今の内に唾付けておこうかしら......」
妙な事を口走るお姉さんに、俺は思わずこめっこを見る。
こめっこをちやほやしているサキュバス達は、確かに目の色がちょっとおかしい。
なんだろうこの敗北感は。
俺も運や商才なんかではなく、悪魔使いの才能が欲しかった。
そんなサキュバスのお姉さん達を、柱の陰に半身を隠し、じっと見守り続けるアクア。
実は以前、アクアがサキュバスの経営している店の存在を知ってしまう事件が起きた。
その際、アクアがサキュバス達を退治しようとしていたので、俺は本気の本気でガチギレしたのだが、どうやら目の前に悪魔がいてもその時の俺のガチギレを恐れ、手を出せないでいるらしい。
この街のサキュバス達を祓ったなら、男性冒険者達に目の敵にされる事間違いなしだからなと脅したのもあるかもしれない。
なので滅多な事はないと思うのだが......。
「あの、どうやらアクア様も来られたみたいですし、私達はこれで行きますね」
「常連さん、アクア様とバニル様にどうぞよろしく! それじゃあこめっこちゃん、またね?」
アクアの視線が気になるのか、チラチラとそちらを気にしながら。
サキュバス達は名残惜しそうに、何度もこめっこを振り返り、冒険者ギルドから出て行った。
「......なあカズマ、あの人達は一体どんな関係なのだ? お前の友人にあんな綺麗な女性達がいたとは初めて知ったのだが......」
「綺麗なお姉さんばかりが集まり経営している、とある喫茶店の人達ですよ。いたって普通の料理ばかりなのに、変に人気があるお店で不思議に思っていたのですが。しかしあの人達は、私の妹の一体何がそんなに気に入ったのでしょうか?」
首を傾げるめぐみんに、今日も冒険者達が頭を下げる。
「めぐみんさん、ちーっす」
「めぐみんさん、今日はもうほとんど仕事がないですよ。昨日と一昨日の二日だけで、目ぼしい依頼は軒並み片付いちゃったみたいです」
すっかりめぐみんさん呼ばわりに慣れた冒険者が、めぐみんさんに声を掛けた。
「そうですか。なら、もう高難易度の依頼を投げられる事はなさそうですね。皆が無茶をするものですから、なんだかんだでこの数日間は心配でしたよ」
そう言って、ホッとした様に笑顔を向けるめぐみんさん。
そんなめぐみんさんにこめっこが、同じく笑顔で言ってきた。
「姉ちゃん、この街の冒険者はすごかった」
「そうでしょうそうでしょう。なにせ私が住んでいる街の冒険者ですからね」
そんな二人のやり取りに、周囲の者が照れくさそうに目を逸らす。
ほんのちょっと嬉しそうなところを見るに皆満更でもないらしい。
「青髪のお姉ちゃんもすごかった」
「そうですね。なにせ私の仲間ですから。長らくこの世に留まり続けたゴーストを浄化させてしまったのです。アクアは普段はああですが、もっと評価されてもいいと思いますよ」
こめっことめぐみんのその言葉に、アクアが調子に乗ってドヤ顔を見せた。
「あと、お兄ちゃんもすごかった」
「まあ、私のパーティーのリーダーですからね。凄くないわけがありませんとも。......まあ、あのやり方は勝ったと言えるのかはちょっとだけ疑問ですが......」
おっと、こいつは俺の安楽王女に対する華麗な勝利にケチを付ける気か?
「......あれっ? そ、その、私の活躍は......」
「お前は活躍してないじゃん」
俺のツッコミを受け、一人ダクネスがシュンとする中、
「さあこめっこ、どうですか? 私の仲間は凄いでしょう。この街の冒険者はカッコいいでしょう。紅魔の里に帰ったら......。皆に自慢してやってくださいね」
めぐみんはそう言って、照れくさそうにはにかむ冒険者達に笑いかけた。
「なあカズマ、安楽王女の言っていた事は正しかったのか? 食費だけで済む分、アダマンマイマイの方がむしろ私より役に立つのか?」
「お前は植物に言い負かされて悩むんじゃない、もうあの事は忘れるんだ」
一人落ち込むダクネスを、俺がどうにか慰めていると。
「でも姉ちゃんはあんまりすごくなかったね」
こめっこが爆弾を投下した。
「......こ、こめっこ、今何と言いましたか? この姉が凄くないと言ったのですか?」
静まり返ったギルド内。
めぐみんのおそるおそるの問いかけに。
「うん、姉ちゃんだけなんかすごくない」
「こ、こめっこ! 何ですか、反抗期なのですか!? このところ悪い言葉を覚えてきたりいう事を聞かなかったりと、姉として結構ショックですよ!?」
一人泣きそうなめぐみんをよそに、こめっこが受付のお姉さんの下へ歩いていく。
「おっぱいのお姉ちゃんにお願いがあります」
「こめっこちゃん、おっぱいのお姉ちゃんはやめて欲しいかな」
受付のお姉さんにすごいあだ名をつけたこめっこは、
「すごくない姉ちゃんが、すごくなれる依頼をください」
姉想いなのか何なのか、よく分からないお願いをした。
「こめっこ、もう帰りますよ! 私の力はここぞという時に使われるのです。平時はまあこんなものなのですよ。ほら、家に帰ったら今夜も爆裂花火を見せてあげますから」
めぐみんが恥ずかしそうに口早に告げて、こめっこの手を引いて帰ろうとする。
姉に手を引かれ連れて帰られそうになりながらも、こめっこは受付のお姉さんに向けて訴えかける様な視線を送った。
「うーん、実はもう大きな依頼がないんですよ。後、残っている依頼といえばジャイアントトードの討伐ぐらいで......。この街は畜産が盛んじゃない上に、カエル肉は美味しくて需要も絶えずある事から、この依頼だけは常にあるんですが......」
「それでいいです」
即答するこめっこに、お姉さんが困惑しながら。
「これでいいの? でも、ジャイアントトードはとっても弱いモンスターだし、本当に、食材として喜ばれるだけの......」
「それがいいです」
勝手に依頼をまとめようとするこめっこを、めぐみんが横から捕まえた。
「何を勝手に請けさせようとしているのですか。しかもジャイアントトードの討伐だなんて、ちっとも凄くないじゃないですか。カエル肉に釣られたのでしょうが、あなたの姉が本当に凄いところを見るがいいです。ほら、他に依頼がまったくないという事もないでしょう? いいんですよ、多少無茶な依頼でも。今日の私は漲ってますから、魔王の幹部やドラゴンだって倒してみせます!」
そう言っていきり立つめぐみんに、お姉さんは困り顔を浮かべ。
「魔王の幹部やドラゴンでも、ですか......。そういう事であれば、一応もう一つだけ、塩漬けクエストがある事はあるのですが......」
言うか言うまいかを悩むお姉さんに。
「おい、めぐみんさんに恥かかせんな!」
「そうだ、本人がやるって言ってるんだからいいじゃねえか!」
「そうよ、なんだかんだでやる時はやる人達なんだから、もう今さらでしょう?」
突如、周囲の冒険者達が声を上げた。
それを聞いためぐみんは、照れくさそうにはにかむと、
「ここにいる皆の言う通り、私がやると言っているのですからいいんです。アクセル周辺のモンスターなんて何が出てきても倒せます。それとも、その相手は魔王の幹部よりも強いのですか?」
冒険者達が野次を飛ばす中、めぐみんのその言葉にお姉さんは首を振る。
それはそうだ、こんな駆け出しの街のモンスターなんて、どうあがいても魔王の幹部以上のヤツはいない。
「姉ちゃんはすごいんだよ」
これからの姉の活躍に、期待で目をキラキラと輝かせた、そんなこめっこの追い討ちに、お姉さんは苦笑しながらめぐみんに紙を手渡した。
「承りました。それではめぐみんさんに、この最後の塩漬けクエストを依頼します」
めぐみんはそれを受け取りながら、ギルド中に響く大声で。
「我が名はめぐみん! アクセル随一の魔法使いにして爆裂魔法を操る者! 我が爆裂魔法の威力の前には、たとえ魔王の幹部やドラゴンでも、一対一の勝負であれば、どんなモンスターでも敵ではありませんとも!」
「おおおおおおお!」
「やっちまえ! めぐみんさん、やっちまえ!」
「おう、なんなら俺達も協力するぜ!」
冒険者達の喝采を浴びながら、めぐみんは興奮で目を紅く輝かせて宣言すると、マントをバサッと跳ね上げポーズを決めた......!
「残る最後の塩漬けクエストは......。モンスター一体の退治ではなく、何年も前から縄張り争いを続けている、グリフォンとマンティコアの討伐です」
そんなお姉さんの言葉を受けて、シンと静まり返ったギルドの中、めぐみんが決めポーズのまま固まった。
2
グリフォンとマンティコア。
アクセルの街に似つかわしくない、そんな大物がこの近くに住み着いたのは、今から二年ほど前の事だ。
マンティコアと呼ばれるモンスターは、自然に発生する事はない、創成魔法で生み出された魔法生物。
どこかの魔法使いが面白半分に解き放ったのか、それとも近くの遺跡やダンジョンから逃げ出してきたのかは分からない。
だが、どこからともなく現れたそのマンティコアは、アクセル近くの山岳地帯にある日突然住み着いた。
やがてその後を追うように、この山岳地帯でグリフォンの姿が目撃された。
グリフォンが初めて発見された当初は、翼に大きな傷を負い、全身がボロボロになっていたのだという。
既に重傷を負ったその姿に、冒険者ギルドはあの山岳を立ち入り禁止区域に指定した。手負いのグリフォンに近づく事を禁じると、重傷のグリフォンが力尽きるのを期待したのだ。
また、うまくすればそこを縄張りに住み着いたマンティコアと戦い、共倒れになってくれるのでは......。
ところが、グリフォンはそんなギルドの期待を大きく裏切り、縄張りを同じくしたマンティコアと毎日の様に争い続け、近隣にまで被害を及ぼす様になった。
一匹だけでも厄介なモンスターが二匹になった事で、ギルドとしては今の今まで、形だけでも依頼は出したものの、万が一にも誰かが引き受けない様報酬も下げ、そのまま今日まで棚上げにしていたらしい。
──俺達は今、その有名な二匹のモンスターの縄張りに、他の冒険者達と共に足を踏み入れていた。
そんな冒険者達の最後尾をやる気なく付いて行きながら、アクアが言った。
「マンティコアにグリフォンねえ。そういえば昔、この依頼を見た記憶があるわ」
こいつは何を言ってやがるんだ。
「お前覚えてないのかよ。昔、借金に困ってた頃、この依頼を請けようとした事があっただろ」
そう、あれはまだ俺達が駆け出し冒険者だった頃。
金に困ったこいつが、本来なら誰も引き受けないはずのこの依頼書を持ってきたのだ。
「そんな事あったかしら? 私は過去を振り返らない女なの。昔の事なんて忘れたわ」
「そういう格好良いセリフは、もっとモテそうないい女が言うもんだ」
今回の依頼は数ある塩漬けクエストの中でも、ギルド側がさすがにこれは無理だろうと気を遣ってくれていたものだ。
しかし、俺達が一度この依頼を請けようとして、あれから二年が経っている。
言ってみれば、これはリベンジみたいなもんだ。
いつもの様にただ巻き込まれ、なんとなく解決してきたのとはわけが違う。
駆け出しの殻を脱皮し、押しも押されもせぬベテラン冒険者になった事を、今こそ証明する時がやってきたのだ。
「俺達もなんだかんだで出世したな。あの駆け出しだった頃は、これを引き受けようだなんて思いもしなかったはずだ」
「そうですねえ。あの頃は、借金を返すために毎日いろんなクエストをこなしたものです。今思えば不思議なもので、お金に困らず余裕のある暮らしをしている今よりも、借金に追われて毎日必死に依頼をこなしたあの頃の方が、毎日が楽しかった気もします......」
懐かしそうに言うめぐみんに、
「そりゃ懐古っていうもんだよ。大概のヤツが、昔は良かったって言うもんさ」
めぐみんはなんだか懐かしそうにしているが、金の工面に四苦八苦していた俺としては、あの生活だけはもう願い下げだ。
「そうは言うがなカズマ。私もめぐみんの言う事がちょっと分かるぞ。あの頃は本当に駆け出しで、ジャイアントトードをはじめ、いろんなモンスターに手酷い目に遭わされたものだ。それが、今となっては......」
そう言って昔を懐かしむダクネスが、当時の何かを思い出したのか頰を染めてモジモジしだす。
そんなダクネスに向けて、近くにいた冒険者が。
「いや、お前ら今も大して変わらないだろ。そりゃあ魔王の幹部とか大物を倒したかもしれないけどよ。アクアさんなんて、この間裏路地に逃げ込んだネロイドを捕まえようとして、逆襲されて泣かされてたんだぞ」
「ちょっとあんたそれは内緒にしててって言ったじゃない! 何のために少ないお小遣いの中からアイス奢ってあげたと思ってんのよ! あれは口止め料なんだから、内緒にできないならアイス返して!」
自分の失態を暴露した冒険者にアクアが食って掛かるが。
「ネロイドを追い払ってやったんだから、その分のアイスはお礼って事で」
そう言われて適当に流されたアクアが、もしあんたが怪我しても回復魔法は有料だからねと捨てゼリフを言っていた。
昔は人見知りもしたもんだが、俺達も今ではこうして他の冒険者達と冗談を言い合ったりするような仲になった。
それだけこの世界で過ごした時間は密度も濃く長かった。
めぐみんやダクネスじゃないが、確かに借金に追われ毎日バタバタしていたあの頃も、そこまで悪くなかったのかもしれない。
......いや、ロクでもないと思っていたこの世界自体が、案外悪くない事に気付いたのかも。
山の中腹でアクセルの街を見下ろせば、遠くに小さく見える絶景が、俺をなおさら感慨深い思いにさせた。
まあ今となっては、俺もこの世界のことを気に入っているのかもな......。
俺がそんな事を思い自嘲気味に苦笑していた、その時だった。
ふと頭上に何かの影が射す。
俺がふとそちらを見上げると──
そこには、巨大な翼をはためかせ、鋭いくちばしを持った猛禽類の頭が見えた。
ワシの頭と獅子の胴体を持った巨大生物。
大物の魔獣である、グリフォンが迫っていた。
3
「グリフォンが出たぞー!」
最初は無茶な依頼を引き受けるハメになっためぐみんのために、意気揚々と付いてきた冒険者達も、初めて見るグリフォンの巨体に思わず気圧され固まってしまう。
「カズマー! 想像してたのよりデカいんですけど! 立派なくちばしがあるけれど、ゼル帝の親戚かしら!」
「バカな事言ってないで下がるんだよおおお! めめ、めぐみん、お前は魔法の詠唱を! まだ姿を見せないマンティコアより、目の前のグリフォンだ! こっちの方が大物だしな!」
「わわわわ、分かりました、任せてください!」
もちろん気圧されているのは冒険者達だけじゃなく、俺達も入ってる。
めぐみんが詠唱を始めると、その声を聞いて我に返った冒険者達が思い思いに武器を構えた。
「よし、盾は任せろ! 今回こそはちゃんと活躍して、私もこめっこに鎧のお姉ちゃんすごいと言われるのだ! 相手はグリフォンとはいえ一匹だ! これだけの人数が力を合わせればどうにでもなるっ!」
ただ一人怖気づく事のなかったダクネスが、グリフォン目掛けて突っ込んでいく。
それに勇気付けられたのか、前衛の冒険者達が次々とその後に続き、魔法使い連中もそれぞれ得意な魔法を唱え始めた。
と、ダクネスが突っ込んでいくタイミングを計った様に、グリフォンと対峙するダクネスと俺達の間に一つの影が飛び込んでくる。
「オット、ソリャアよくねえナァ。グリふぉんは嫌いだがヨ、アイツがいないと、この山にお前らニンゲンが攻めてキチマウだロ?」
人の頭が付いた獅子の体に、サソリの尾とコウモリの羽が付いた生物。
そんな、キメラみたいな気持ち悪い体を持つ凶悪な魔獣、マンティコアがそこにいた。
ダクネスや前衛冒険者達が凶悪な魔獣二体に挟まれ孤立する中、容易く自らの近くに接近を許した魔法使い達は、皆パニックに陥っていた。
こちらは任せたとばかりに剣を抜き、マンティコアに立ち向かうダクネスを、マンティコアは一瞥すると......。
翼をはためかせてふわりと空に舞い上がり、その標的を──!
「こ、こっち見てる! おいめぐみん、めちゃめちゃこっち見てるぞあいつ! 一旦魔法は中断しろ、もっと距離を取らないと殺られるぞ!」
「ちょ、ちょっとカズマ、揺らさないでください! マンティコアは高い知能を持っています。私が強力な魔法を使おうとしたのを見て警戒し、優先順位を上げたのでしょう、あわわわ、き、来ますよ!」
あかん、他に助けを呼ぼうにも、冒険者達はダクネスを援護しようとグリフォンを牽制している。
だが、ここで慌てる俺じゃない!
背中から弓を取り出すと、慌てず騒がず狙いを定めた。
「これでも喰らえ! 狙撃っ!」
俺は素早く弓を引き絞り、マンティコアに向け矢を放つ。
それは狙い違わず──!
「......なんだこんなモン」
俺が撃ち込んだ矢を、空中に浮かびながら尻尾の先でペシッと払うマンティコア。
「めぐみーん! 俺の矢が弾かれたぞ、どうなってんだよ!」
「単純に威力が足りないんですよ! マンティコアは本来こんなとこにいるのがおかしいぐらいの、上位に位置するモンスターです! 駆け出しの街の冒険者の攻撃なんてこんなもんですよ!」
めぐみんは叫ぶと同時に、爆裂魔法の詠唱を再び開始。
今度こそは魔法の詠唱の邪魔しないように──っていうか!
「ウハッ! 男前な兄ちゃんじゃネーカ! おいお前、俺の太いのをチクッと一発ドウダイ!?」
「ヒイッ!」
マンティコアは色んな意味で物騒な事を言いながら、サソリみたいな巨大な尻尾を見せつけて、空からこちらに突っ込んで来る。
俺はめぐみんを庇うように前に立つと、口の中で魔法を唱えた。
「『クリエイト・アース』!」
相手がどれだけの強敵だろうが、目を潰せば隙ができる。
マンティコアが視力を失ったその後は、めぐみんの詠唱の時間を稼げれば──
「ここは任せて、カズマ! マンティコアやグリフォンみたいな大きいモンスターはね、魔法を使って飛んでるの! つまり魔法を搔き消してやれば、落っこちてくるって寸法よ!」
突然俺の横からアクアがそんな事を言い出した。
「おい止めろ、お前が何かやろうとすると大概ロクな事にならないだろうが! これから俺が、いつものコンビネーションで目潰しを......!」
俺がそこまで言い掛けた、その時だった。
「『セイクリッド・ブレイクスペル』!」
アクアが放った魔法の光が空を駆け抜け、マンティコアに突き刺さる。
確かにアクアの言った通り、マンティコアは魔法を使っていたのだろう。
浮力を失ったマンティコアは、こちらに突っ込んでくる勢いはそのままに、慣性の法則に従って──!
「うおおおおおお!?」
「イッデエエエエ!?」
墜落してきたマンティコアは、俺にのし掛かる様に激突してきた。
事前にアクアが掛けてくれていた防御魔法のおかげなのか、俺は大したダメージもなく立ち上がろうとする。
が......、
「ニイチャン、ええやんケ! ナア、ええヤンケ!」
「何がいいんだよ、昔戦ったシルビアといい、キメラっぽい連中はこんなんばっかか!」
マンティコアが俺にのし掛かったまま、俺の両手を前脚で押さえ込み......!
「オラッ、こいつで一発ショウテンさせテッ!? アガガガガッ、な、何だコリャアア!?」
俺を押さえ込んだマンティコアから、ドレインタッチで魔力と体力を吸い上げた!
「誰でもいいから助けてくれー! でないと色んな意味で俺の大事なものが奪われる!」
具体的には貞操とか、あとはもっと大事な命とか!
「ッ!?」
音もなく、声も出さずに背後から襲い掛かった盗賊職の冒険者の襲撃に、マンティコアはアッサリと俺を解放するとその場から飛び退いた。
襲撃を躱したマンティコアは、攻撃を仕掛けた盗賊よりも俺に目をやり、驚きの表情を浮かべている。
おそらくは、ドレインタッチが予想外の攻撃だったらしい。
その場にいた魔法使い職の連中は、既にマンティコアや俺から距離を取り、グリフォンの方に魔法を集中させていた。
向こうの方を確認する余裕がないが、こちらよりも向こうを優先する以上、かなりマズい状況の様だ。
ドレインタッチがよほど効いたのか、マンティコアが警戒の色を露わにする間に、俺は愛刀を抜き放つ。
だが、これで正面から戦うつもりはない。
最弱職である俺の役割は剣で戦う事じゃなく時間稼ぎだ。
「おいこら、さっきから言動が怪しいケダモノ。俺は、お前みたいなタイプに深いトラウマがあるんだよ! お前をここでぶっちめて、過去のトラウマ払拭してやる!」
威勢よく挑発し、マンティコアの集中を乱してやろう。
なんせこっちには他の冒険者達の援護があるのだ、時間を稼げば──
「ああっ! マンティコアがもう一匹! 雌だ、雌のマンティコアだ!」
「つがいだったのか! マンティコアは雌の方が強い! 行くぞ!」
こちらに向かっていた冒険者達は、突如現れ、距離を取ったはずの魔法使い職に再び迫った新手のマンティコアへ向きを変えた。
............。
「いいドキョウだなニイチャン。タイマンか! このオレとタイマン張る気カ! オットコマエだな、ケツに一刺しクレてやんヨ!」
「勘弁してください! 勘弁してください!!」
なんというやぶ蛇!
「カズマ、準備が整いました! ここは私に任せてください!」
魔法の詠唱を終えためぐみんが、俺の背中から言ってくる。
だがマンティコアに放つには距離が近い、こいつを仕留めるというのなら、一旦ここから離れさせないと......!
「その魔法はマンティコアには勿体ない! グリフォンの方が遥かに強敵なんだ、こんな雑魚より向こうを狙え!」
「わ、分かりました! 確かにグリフォンの方が格上と言われてますからね!」
俺がマンティコアを挑発すると、杖の先に魔法を維持した状態で、めぐみんまでもがナチュラルにマンティコアをディスり始めた。
「オッ? この数年間アイツと渡り合ってキタ俺が、グリフォン以下って言ってんノ?」
俺の仕事は時間稼ぎ。
こうしている間にマンティコアかグリフォンを仕留めてくれれば、それだけで戦況が一変する。
「ララティーナー!」
「おい、大丈夫なのかアレ!」
「ララティーナがグリフォンに突かれまくってるぞ! いや待て、なんかちょっと嬉しそうだし結構余裕がありそうだ......!」
......時間を稼いでいても、果たして状況は良くなるのだろうか。
頼むよアクセルの冒険者、お前らは凄いんだろうが!
そんな俺の願いが通じたのか、マンティコアと対峙する俺の耳に遠くから声が届けられた。
「よし、効いてるぞ! おいカズマー! こっちのマンティコアを仕留めたら、すぐ助けに行くからな!」
その声はもちろん目の前のマンティコアの耳にも届く。
それまで余裕を見せていたマンティコアは、焦りの表情を浮かべ始める。
「おい、お前の嫁さんを助けに行きたいのなら行ってもいいぞ。俺の後ろで魔法を維持しているヤツはアクセル随一の魔法使いだ。ここでやり合うのも助けに行くのも好きにしろ」
俺がそう声を掛けると、訝しむ様に様子を窺うが──
「今日はチットばかし分がワリイナ! やり合うのは遠慮しとくゼ。なら助けに行くコトニナルンダローが......」
マンティコアはそこまで言うと、素早く身を翻して駆け出した。
上位の魔獣の本気の疾駆は駆け出し冒険者達に対抗できるはずもなく、雌のマンティコアを囲んでいた冒険者達は体当たりを食らい撥ね飛ばされる。
「ララティーナが連れてかれるぞー!」
その声にそちらを見れば、ダクネスをくわえたグリフォンが、高々と身を掲げ今にも飛び立とうという構えを見せる。
それに対してダクネスは巨大なくちばしに咥えられたまま、大剣を落としてしまったのか、素手で何度も殴りつけていた。
だが硬いくちばしにそんなものが通じるはずもなく......、
「カズマさん、なんとかしてえ! このままじゃダクネスがさらわれちゃう! 今朝ゼル帝が庭でミミズを捕まえてたんだけど、何だか今のダクネスの姿が今朝のゼル帝にやられたミミズの姿と被るの!」
「この非常時に縁起でもない事を言ってんじゃねぇ、お前は余計な事しかしてないだろうが!」
そんなことを言っている間に、二匹のマンティコアが冒険者達の囲みを突破し、グリフォンの方へ駆けて行く。
おそらくは、このままグリフォンの脇を通り抜け、冒険者達とグリフォンをぶつからせるつもりのようだ。
人の頭を持っているだけありなかなか賢しい考えだが......、
「ダクネス、歯を食いしばれ! めぐみんは魔法を放つ準備をしとけ!」
俺はもう一度弓を引き絞ると、グリフォンの顔に狙いを付ける。
「これだけ的がデカけりゃ当たるだろう! 今度こそ、これでもくらえっ!」
グリフォンの大きな目に向けて、狙撃スキルで矢を放つ。
飛び立たれまいと暴れるダクネスに気を取られていたのか、グリフォンは迫りくる矢に反応できず。
「ピギャアアアアアアアッ!」
右の目に矢を受けると、甲高い鳴き声を響き渡らせた。
軽く突きたった矢の尻の部分を、ダメ押しとばかりにダクネスが殴りつける。
さすがにこれには堪えきれなかったのか、くわえられていたダクネスが、ざまあみろという表情をグリフォンに浮かべ落ちていく中、
「めぐみん、やれっ! アクセル随一の魔法使いの力を、あの三匹に食らわせてやれ!」
俺の言葉を聞くまでもなく、グリフォンに杖を向けためぐみんが。
「アクセルの街に帰ったら、私の活躍を我が妹にこんこんと語ってくださいね。......我が名はめぐみん! アクセル随一の魔法使いにして、爆裂魔法を操りし者! 溜めに溜めた我が奥義! 食らうがいいっ! 『エクスプロージョン』──ッッッッ!」
めぐみんが放った爆裂魔法は。
グリフォンの両脇を駆け抜けたマンティコア二匹をも巻き込んで、アクセルの近くに広がる山脈に、巨大な爆発を巻き起こした──!
4
「......もう嫌。ねえカズマ、私、もう当分クエストには行きたくないわ」
かなりギリギリな戦いでグリフォンとマンティコア討伐を終えた俺達は。
「なあカズマ。聞きたいのだが、私達は本当に、あれから少しは成長したのだろうか。私達がパーティーを組んだ頃から、実はあまり成長していないのではないだろうか」
「聞くな、それは俺が今一番言いたい事だ」
傷付き、ボロボロになりながらも歩くダクネスの隣で、俺はめぐみんを背負いながら、他の冒険者達と肩を並べ、アクセルの街へと向かう。
街の奥に向かって夕焼けが沈んでいくのを眺めながら歩いていると、背中のめぐみんが言ってきた。
「カズマに一つだけ謝らせてください。......やっぱり、あの頃にはあまり戻りたくないです」
ほらみたことか。
「──お疲れ様です! そして、おめでとうございます! これでこの街の塩漬けクエストは全て達成されました。我々冒険者ギルド職員一同、改めてここに、皆さんにお礼を言わせていただきます!」
泥に塗れた俺達がアクセルの冒険者ギルドに戻ってくると、立ち並ぶ職員らに出迎えられた。
それを受け、一緒にグリフォン討伐に向かった冒険者達は、皆が成し遂げたかのような満足そうな笑みを浮かべている。
そして、立ち並ぶ職員達のど真ん中。
もはやすっかりこのギルドで俺達の専属みたいになった、受付のお姉さんに押されるように。
「すごいね。みんな、すごいね!」
目を輝かせたこめっこが。
「おおとも、凄いだろ俺達は! なんせアクセルの冒険者だからな! でも、お前の姉ちゃんは一番凄いぞ。なにせ今回、グリフォンとマンティコアをまとめて仕留めたのはめぐみんだからな!」
厳つい顔を笑み崩れさせた戦士風の男が、もはやめぐみんをさん付けする事もなく、心からの称賛を送る。
その冒険者の、本心からの言葉を聞いたこめっこは、今までで一番嬉しそうに。
「姉ちゃん、すごいねっ!」
そう言って、満面の笑みを浮かべてみせた。
その日の夜。
久しぶりに大仕事をこなしてきた俺達は、グリフォン討伐で出たちっぽけな報酬を参加した冒険者皆と分けて、ギルドで散々飲み食いした後、こんな時間に帰り着いた。
満腹になったこめっこは途中から完全に熟睡しており、ダクネスに背負われ、今はめぐみんの部屋で寝かされている。
山歩きに本格的な戦闘。
大変ではあったが、久しぶりに得られた心地よい充実感。
ベッドに潜り込んだ俺は、良い感じに酒も回り今夜はよく眠れそうだと思いながら目を閉じて──
「カズマ、まだ起きてますか? 起きているなら、ちょっとだけいいですか?」
と、そんなところにドアの外からめぐみんの声が掛けられた。
「起きてるけど、もう寝るー」
「いや、せっかく部屋に訪ねて来たのですから、まだ寝ないでくださいよ!」
そんなツッコミを入れながら、めぐみんがドアを開け部屋に入ってきた。
俺はベッドから起きる事なく、首だけを布団から覗かせたまま、
「こんな時間にどうしたんだよ。せっかく久しぶりに過ごすこめっこと、一緒に寝なくてもいいのかよ? 紅魔の里からいつ迎えが来るのか知らないけれど、あの子はこの家にずっといられるわけじゃないんだろ?」
俺としてはずっといてもらっても一向に構わないのだが。
別にロリコンの気があるわけではない。
アイリスとの城での思い出をまだ引きずっているのだ。
そういえば、アイリスの事を思い出したら手紙を出す約束だった。
明日は冒険者ギルドに行ってもカエル討伐ぐらいしか依頼もなさそうだし、手紙を書く事にしようと思う。
俺が頭の中でそんな予定を立てていると、めぐみんは小さく笑いながら。
「いえ、それが......。実はつい先ほどゆんゆんが訪ねて来まして」
そういえば、あの子はここ数日姿が見えなかったけど一体どこに行ってたんだろう。
ふにふらとかどどんこって子が姿を探しても見つからないと言っていたが、もしかすると本気で逃げ回っていたのかもしれない。
「で、ゆんゆんが一体どうしたんだ? あの子もこめっこに会いに来たのか?」
「いいえ、違います。紅魔の里からの言伝でした。何でも、紅魔の里を占領していた魔王軍を襲撃し、無事、里から追い返したそうです」
なんという武闘派。
さすがは最強の魔法使い集団紅魔族だ。
まだ何日も経ってないだろうに、その本気をもっとマシな方向に使えないものなのだろうか。
「それは良かったじゃないか。でも、そうなると......」
「ええ。明日には私のお母さんが、こめっこを迎えに来るそうです」
めぐみんはそう言いながら、少しだけ寂しそうにはにかんだ。
「なら、なおさら今夜はこめっこと一緒にいてやらなくてもいいのか?」
「いいえ、大丈夫です。あの子はとても強い子ですから。というか、いつまでも一緒にいると私の方がダメージをくらいそうなので」
そういやこいつ、ちょっとシスコンの気があったな。
俺がそんなことを考えていると、めぐみんはぺこりと頭を下げてきた。
「カズマ、ここ数日、色々と助けてくれて、ありがとうございました」
いきなりのお礼の言葉に。
「今更なんだよ水臭い。まあ、バタバタしたり危うく大事なものを失いそうにはなったけど、なんか昔に戻ったみたいでほんのちょっとだけ楽しかったよ」
苦笑しながらそう言うと、めぐみんもつられて小さく笑う。
「確かに今日の戦いは、昔の私達を髣髴とさせる戦いでしたね。......というか、少しは私達も成長できているのでしょうか」
アクセルへの帰り道でダクネスも似た様な事を言っていたが、それはあんまり言わないで欲しい。
というか、実はここ最近、レベルが上がっても俺のステータスの伸びが徐々に悪くなってきているのだ。
あまり考えたくない事だが、俺は既にステータスのカンストが見えてきてしまったのではなかろうか。
チート能力も持たない状態で、レベルを上げても強くなれないとかそれは本当にシャレにならない。
そんな俺の葛藤をよそに、めぐみんは楽しげに語りかけてきた。
「そういえば、覚えていますか? 私達が初めて会った時の事を」
懐かしむ様なその声に、
「それはもちろん覚えてるよ。だってお前、いきなり初対面でわけの分からない名前を名乗ったかと思えば、次の瞬間には目の前で突然倒れたんだぞ。しかも最初に言ったセリフが、もう三日も何も食べてないのですだからな。これで忘れられるヤツがいたら見てみたいよ」
「おい、いい加減これを言うのも何度目なのかは分からないが、私の名前に文句があるなら聞こうじゃないか」
目を赤く輝かせながらこちらに迫るめぐみんを見て、こんないつものやりとりにも懐かしさを感じてしまう自分がいる。
そんな俺の考えが表情にも出ていたのか、それともめぐみんも本気で怒ったわけではなかったのか、やがてクスクスと笑い出し、俺もつられて笑っていると......、
「カズマ。私はそれより先に、あなたの事を知っていましたよ」
めぐみんが、突然そんな事を。
「カズマとアクアは知らないかもしれませんが、実はパーティーに入る前から、二人の事は知っていたんです」
「ほほう」
つまり俺とアクアはそんな昔から人々の目を引くような存在だったというわけか?
「......言っておきますが、二人が変に目立っていたからですよ? よくいろんな所で怒られて、怒ったり泣いたりしてましたよね。ギルドの酒場のバイトだったり、野菜を売る仕事だったり。二人はあちこちでよく怒られて目立っていましたから、私はすぐに覚えましたよ」
「おい、それ良い意味で覚えられてないんじゃないのか」
俺の言葉にめぐみんは、クスクスと楽しげに笑い出すと。
「まあそれでも、二人はとても楽しそうでしたよ。私がパーティーに入ろうとした本当の理由は、あの時、あなた達と一緒にパーティーを組めれば、どんな楽しい冒険ができるんだろうと想像したからなんです」
そういう風に言われてしまうと怒る事も出来ないじゃないか。
「でもまあ、あの時の私に、将来カズマを好きになるなんて教えても、絶対に信じなかったでしょうね」
「あれっ。俺ってそこまで第一印象悪かったの? さすがの俺でも傷付く事ってあるんだからな?」
俺の言葉にめぐみんは、また実に楽しそうにクスクス笑い。
「カズマカズマ」
「なんだよ。もう俺はふて寝するからほっといてくれ。さっきから、良い感じに酒が回ってるんだよ」
軽くスネながら言う俺に。
「そろそろ、仲間以上恋人未満の関係になりたいです」
脈絡もなく、突然そんな剛速球を放ってきた。
※
「──すいませんねカズマさん。ウチの娘二人がお世話になって......」
「いえ、ちっとも構いませんよ。俺もおたくの娘さんにはお世話になっていますからね」
翌朝。
一方的にあんな事を告げた後、それ以上何をするでもなく、普通におやすみなさいだけを言い自分の部屋に帰ってしまっためぐみんは、今朝顔を合わせた時も何食わぬ顔で挨拶してきた。
こめっこが一つ屋根の下にいるからしょうがないが、言うだけ言ってさっさと立ち去ってしまうのはどうなんだ。
おかげでこっちは寝不足だ。
あいつのところは姉といい妹といい、本当に魔性の一族の家系だと思う。
「お世話になっているというと、どういった意味でのお世話ですか? どういった意味でも構わないのですが、ウチの娘もそろそろ相手を探さないといけない年頃ですし......」
そんなおかしな事を言い出したのは、めぐみんの母親であるゆいゆい。
そろそろ相手を探さないといけない年頃というワードに、玄関でこめっこを見送ろうとしていたダクネスが、ビクリと身を震わせる。
そういや貴族のこいつも、そろそろ嫁に行かないと行き遅れと言われる年頃なんだっけ。
「冒険的な意味でって事ですよ、変な意味ではないですからね?」
「分かってます分かってます、すべて娘から聞いてますから、ちゃんと分かってますよカズマさん。責任さえ取ってくれればそれでいいですから」
ゆいゆいのその言葉に、思わずめぐみんの方を振り返るも、当の本人も驚いた顔でブンブンと首を振っていた。
となると、娘というのは......。
俺とめぐみんの視線を受けて、ゆいゆいが小さなメモを出す。
それは、確かこめっこが何かを書き付けていたメモ帳のはずで。
「青髪のお姉ちゃんが凄かった、お化けをなんかパンチした。鎧のお姉ちゃんも凄かった、でっかい鳥に食べられた。姉ちゃんの男も凄かった、女の人に除草剤を撒いて退治した。姉ちゃんも凄かった。よく分からないけど凄かった」
おい。
最後はなんだよ、この幼女はあれだけめぐみんが自分の活躍を説明したのに、ちっとも理解してないじゃないか。
それを聞いためぐみんが、絨毯に両手をついて力なく崩れ落ちる中、ゆいゆいはそのメモ張をさらに読み上げた。
「姉ちゃんが夜いなかったから、男の部屋だと思って見に行ってみると、なんか仲間以上恋人未満になりたいと言っていた」
「こめっこ! あなたはあの時起きていたのですか!? というか、聞き耳を立てていたのですか! 一体どこからどこまで聞いていたのですか!?」
それを聞いためぐみんが、バッと跳ね起き捲し立てた。
顔を真っ赤にして激昂するめぐみんに、
「今更隠さなくてもいいのよ。お母さんはあなたが幸せならそれでいいわ」
親に優しい目を向けられて、再び絨毯の上に崩れ落ち、頭を抱えて転がるめぐみん。
ゆいゆいは、そんな娘に目をくれる事もなく。
「それではカズマさん、私達はこれで失礼しますね。......それにしても、話には聞いていたけど本当に立派なお屋敷ですね。これなら娘を任せても心配ないわ」
「お兄ちゃんまたね。次にくるときはカエルがたべたい」
ゆいゆいはそれだけ告げると、テレポートの詠唱なのか、魔法を紡ぎ出す。
「我が母ゆいゆい! 大事な娘に久しぶりに会ったというのに、他に何か話す事はないのですか!?」
めぐみんが慌てて聞くも、
「とっとと子供を作りなさい」
とても十代前半の娘に言う事だとは思えない一言を放つ。
「ちょっ、お母さ......!」
めぐみんが何かをツッコむより早く、ゆいゆいはこめっこを抱き寄せて。
「それじゃあ元気に暮らすのよ。孫の名前は私が付けてあげますからね」
本当に、嵐の様に。
「『テレポート』!」
あっという間に消え去っていった。
「──おはよう! ねえ、今日の朝ご飯は何だか鶏肉な気分なんですけど。......あら? こめっこちゃんはどこいったの?」
ゆいゆいを見送った後。
あまりにもあんまりなお別れに俺達が呆然と立ち尽くしていると、相変わらず空気を読まないアクアが、今頃になって起き出してきた。
「お前はいつまで寝てるんだよ。こめっこならもう帰ったぞ」
「はー? なんでよー! 今日は一緒にネロイド狩りに行く予定だったんですけど!」
お前はネロイドに泣かされたんだろうが。
ネロイドは弱く、子供でも狩れるとはいえ、まさかこめっこに狩ってもらうつもりだったのか?
と、アクアのバカな発言で我に返っためぐみんは、
「今回は、みんなには本当に迷惑をかけました......。私の母と妹が、本当にすいませんでした......」
「元はといえばお前のおかしな見栄のせいでもあるんだけどな」
俺にツッコまれためぐみんは、恥ずかしそうに目を逸らし。
「私は楽しかったから別にいいわよ? またいつでも連れていらっしゃい。その時には今度こそ、一緒にネロイド狩りに行くの」
アクアが楽しげに言う中で。
「なあカズマ......。その、めぐみんの母上が、先ほど言っていた事なのだが......」
ダクネスが、言うべきか言わないべきかと悩んでいるのか、手をわきわきさせながら、それでも意を決した様に何かを言おうとしたその時だった──
こめっこ達を見送ったまま、未だ玄関に立ち尽くしていた俺達の前でドアがコンコンと叩かれる。
こめっこが忘れ物でもしたのかとドアを開けると、そこには、金髪碧眼の女の子がいた。
年の頃はこめっこより少し小さいぐらいだろうか?
どことなく見覚えのある顔立ちをしたその女の子は。
不安そうにこちらを見上げ、俺の隣にいたダクネスの姿を見付けると。
「ママ────ッ!!」
感極まったかの様な声と共に、ダクネスにしがみついた──
あとがき
この度は11巻をお買い上げいただき、ありがとうございます!
初めましての方はいないと思いますが、あらためまして、物書きっぽい何かこと暁なつめです。
最近は健康のために床置き型のパンチングボールを購入し、元作家の肩書を持つボクサーになろうかと一念発起してみました。
とりあえず封を開けて部屋に設置したところで満足してしまいまだ触ってもいませんが、次の巻が出る頃にはエクスプロージョンなつめというリングネームで世間を騒がせているかもしれません。
というわけで今巻は、バタバタしていた初期の頃にちょっとだけ原点回帰をしたかったのですがいかがでしたでしょうか。
ストーリーを進めるとギャグ要素が薄くなり、ギャグを強めるとちっとも話が進まず完結しないというジレンマに悩まされながら、もう少し上手く書けないものかと部屋を転がり回る日々を送っています。
そろそろ過去に出てきた色んな伏線の回収がなされてきた感じですが、どうか最後までお付き合いいただければ幸いです。
アニメ二期も無事最終回を迎えました。
個人的な感想を言えばチョー良かったという感想でしたが、なんだかあっという間だった気がします。
諸々な特典だのなんやかんやで忙しかったからかもしれません。
アニメに携わっていただいたスタッフの方々には感謝の気持ちしかありません。
もし何かの機会があれば、またご一緒にお仕事をさせていただければ幸いです。
なんだか祭りの終わった後の寂しさがありますが、この後もこのすばのゲームが出たり、そして原作小説はもちろんの事、月刊ドラゴンエイジさんや月刊コミックアライブさんでの漫画の方も続きますので、よろしくどうぞ!
そういえば、漫画といえば月刊少年エースさんにて、『けものみち』という連載漫画の原作をはじめてみました。
生き物大好き覆面レスラーが異世界に呼ばれ、お姫様にジャーマンをかまし、狼娘と居候ヴァンパイア、ドラゴンハーフの少女と蟻と共にペットショップを経営するという謎な話です。
あらすじだけでは何を言っているのか分からないと思います。
自分も何を言っているのか分かりません。
ともあれ、この本が発売される頃にはそちらの方も一巻が出ていると思われますので、もし興味のある方はぜひぜひ。
他にも、このすば関連のコミックがたくさん出ておりますので、そちらもどうぞ!
さて、というわけで今巻も、イラストの三嶋くろね先生を始め、担当Sさんやデザインさん、校正さん、営業さん、その他色んな方々のおかげで本を出させていただけた事にお礼を述べさせていただきます。
そして何より。
この本を手に取っていただけた全ての読者の皆様に、深く感謝を!
暁 なつめ
『そのスキル、危険につき』
「カズマさんカズマさん。じゃああれは? あの、お腹が大きいおじさんが何て言ってるのか読んでみて?」
俺達がアイリスを城に送り届け、ここに滞在してから数日が経つ。
ここ数日というもの、アイリスのドラゴンスレイヤー記念、そして俺達への歓待を兼ねたパーティーは連日のように続いていた。
「あの貴族のおっさんだな。よし、任せろ」
そんなパーティーの中で、俺とアクアは散々飲み食いし、特にやる事もなく人間観察をしていたのだが。
ここで、俺はあるスキルに気が付いたのだ。
なんとなく手に入れた読唇術スキルが使える、と。
「なになに......『ワシの好物のとかげドラゴンのきのこ詰めは無いのか......。それさえあれば、このパーティーの食事も完璧だったのが......』」
食い物に夢中な感じのおっさんだった。
「なるほど、なかなか面白そうなスキルじゃないの。私も覚えたかったわそのスキル」
「そうは言うけど、相手がこちらを見てクスクス笑っている時は要注意だぞ。本人に聞こえないつもりで悪口言っているのに、しっかりそれを読めちゃうからな。俺に気があるのかと思ってこっち見て笑ってた女冒険者に、思わぬダメージを食らわせられたよ。まあその時は、相手が折れてお詫びに一杯奢るまでネチネチネチネチ絡んでやったんだが」
ついでに、奢らせる際に俺の良いところを十個ほど上げてくれるまで帰さなかった。
「あんた相変わらず陰湿な事やってるわね。じゃああれは? あそこにいる、あんたと同じぐらいに陰湿そうなおじさん達。なんか知らないけど、あんな壁際でコソコソしてるのは怪しいと思うの。きっと悪巧みをしていると思うわ、女神の勘よ!」
アクアが指す先では、あまり人相のよろしくない感じの貴族二人が壁際で何かを相談していた。
「なんか面白そうだな。よし、任せろ!」
「きっとアレね! お城のメイドさんの下着を盗む依頼だとか、そんな悪巧みをしてるのよ!」
そんなアクアの言葉に、俺は読み取った端から会話の中身を読み上げていく。
「『で、噂は本当なのか? エルロードの大臣が魔王軍の手先だったというのは』『ああ、間違いない様だ。我々も大臣と秘密裏に取引していたと知られたらマズい、とっとと証拠を隠滅せねば......』」
そこまで言って、俺は辺りを素早く見回した。
大丈夫、誰も見てないし聞いてない。
「どうしよう、悪戯程度かと思ったらなんかえらいのが混じってた」
「私は何も見てないし聞いてもいないわ。でも後でアイリスやダクネス、国のえらい人達に告げ口しときましょう。そして出来るだけ関わらない様にするの」
最近危機感知能力が高まってきたアクアがそんな提案をしてくるのに、俺はこくりと深く頷き、迷いもなく同意した。
しかし、こういったところではこのスキルを封印しておいた方がいいかもしれない。
それこそ国家機密でもうっかり知ってしまったら、俺なんて消されてしまうじゃないか。
俺は当分の間はこの危険なスキルは使うまいと心に誓うと、
「ねえ、見て見て。あんなところでダクネスが口説かれてるわ」
「なんだと」
アクアが指さした貴賓席に見えるのは、着飾ったダクネスとそれを熱心に口説こうとする貴族の青年。
なんとはなしに無性にイラッとした俺は、封印すると誓ったばかりの読読唇術スキルを発動させる。
「カズマ、どうせあんたの事だから二人の会話を読み取ってるんでしょ? なんて言ってるのか私にも教えなさいな」
興味津々のアクアがそんな俺の肩を掴み揺さぶってきた。
「よし、お前も聞いておけ。あの兄ちゃんはこんなことを言ってるぞ。『お久しぶりララティーナ様。ああなんという事だ! あなたは見る度にお美しくなられ、このわたしを惑わせる。まるで、そう、山岳に咲くデスロックアンブロジアの花の様に艶やかで......』ごめん駄目だ、俺これ以上は恥ずかしくて通訳できない。そもそもデスロックなんとかって花はよく知らないけど、あれって褒め言葉なのか?」
「あのお兄さんは真顔でこんな事言えちゃうのね。ねえダクネスは? ダクネスはどんな返しをしているの?」
そうだな、あの兄ちゃんはともかく、ダクネスの言葉ならまだ通訳出来るだろう。
「『何をおっしゃられますかビフランツ伯。先日戦場に出られたとお聞きしましたが、そのためか勇ましさに磨きがかかっておられますわ。まるで、そう、グレーターキングゴブリンの様な勇猛さが......』」
「カズマさんカズマさん。私、自分からお願いしといてなんなんだけど、女言葉が気持ち悪いからやっぱり通訳はやめてくれない?」
俺だって言ってて恥ずかしいんだ、そんな冷静なツッコミしないでくれ。
「でもなるほどね、まぁ大体原理は分かったわ。ねえ、カズマは私がちゃんと読み取れてるかを確認して、私が全部読み取り終わったら答えを教えてちょうだい。今、ダクネスとあのお兄さんのやり取りを通訳してみせるから!」
そんな事を大声で宣言するアクアの言葉に、周囲の者が何をする気だとこちらを見る。
既にアクアが芸達者な事は知られており、そこかしこで期待の目が輝いていた。
まあこいつの事だ、読唇術なんて芸みたいなもんだし案外上手くやれるのかもしれないと思いつつ、俺は会話を読み取っていった。
『ところでダスティネス様。わたしとの婚約話はどうなったでしょうか?』
「ところ天ダスティネス様。わたしとのこんにゃく話はどうなったでしょうか?」
ところどころがちょっと惜しい。
周囲の野次馬達は、ダスティネス様という言葉を聞いてアクアが何をしているのかを理解した様だ。
『ビフランツ伯、ダスティネス家としては、その話はきちんとお断りしたはずですが......』
「透けパンツ好きダスティネス家としては、その話はキッチンと......」
「よし、人目もあるしやっぱり止めよう! またダクネスに変な噂が立つからな!」
後日、俺が慌てて止めた努力も空しく、ダクネスの実家に妙な贈り物がこぞって届き、謎のセクハラを受けるのだと、困り顔のダクネスに相談を持ち掛けられたのだが──
カバー・口絵・本文イラスト/三嶋くろね
カバー・口絵・本文デザイン/百足屋ユウコ+モンマ蚕(ムシカゴグラフィクス)
この素晴らしい世界に祝福を!11
大魔法使いの妹
【電子特別版】
暁 なつめ
2017年5月1日 発行
(C)2017 Natsume Akatsuki, Kurone Mishima
本電子書籍は下記にもとづいて制作しました
角川スニーカー文庫『この素晴らしい世界に祝福を!11 大魔法使いの妹』
2017年5月1日初版発行
発行者 三坂泰二
発 行 株式会社KADOKAWA
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